自己形成量子ドットにイオン液体を組み合わせ、単一電子トランジスターの制御性を向上
2013年11月28日
東京大学ナノ量子情報エレクトロニクス研究機構
柴田 憲治 特任講師
半導体集積回路に素子として用いられているトランジスターは、微細加工や集積化が限界を迎えつつある。そこで期待されているのが、量子ドットに電子を閉じ込め、単一の量子ドットを電気の通り道として使うことで、電子1個分に相当する電流を制御する単一電子トランジスター(single-electron transistor : SET)だ。とはいえ、SETにも極微小な量子ドットに電極を形成する精密な微細加工と量子ドットの制御というハードルの高さがある。
最近、東京大学ナノ量子情報エレクトロニクス研究機構 柴田憲治特任講師らの研究グループは、自己形成量子ドットのゲート電極としてイオン液体を使う電気二重層ゲート型SETを開発し、低電圧で従来比10~100倍の効率で伝導特性を変化させることに成功した(Nature Communications 4, Article number: 2664)。イオン液体を電界の増大に使う方法はこれまで二次元表面で成果を挙げているが、量子ドットを用いるSETに使うというのはこれまでになかった発想だ。
この方法ではナノメートル(nm)サイズのギャップを持つ金属電極(ソース電極とドレイン電極)を量子ドットにオーバーラップさせる形で載せ、電気二重層ゲート電極を離れた場所に設置し、ゲート絶縁膜としてイオン液体を流した上でゲート電圧を印加する。これによって、0.5 V程度の小さなゲート電圧でもSETの伝導が大きく変化することが分かった。

量子ドット中の電子は閉じ込めるサイズが小さいほど、つまり量子ドットが小さいほど、飛び飛びに現れるエネルギーの間隔が大きくなり、高温で動作するなど特性が向上する。この飛び飛びのエネルギーは原子核の周囲の電子の軌道のエネルギーと同様の特徴で、それが、量子ドットが人工原子といわれるゆえんだ。ただ、小さな量子ドットは同じ大きさにそろえたり、位置を制御したりすることが難しい。柴田特任講師らが使っている量子ドットは、ガリウムヒ素の基板にインジウムヒ素を播(ま)き、異なる材料間の格子定数の違いを用いて結晶成長によって自己形成させるもので、やはり、大きさが均一にならなかったり、複数の量子ドットがくっついて大きくなったりすることがある。一方、小さな量子ドットになればなるほど、単一の量子ドットに電気的にアクセスすることが難しく、「実験が一度うまくいっても、別の試料で実験を再現することがとても難しい」(柴田特任講師)。今回開発した方法を用いれば、量子ドットのサイズのばらつきに起因する特性のばらつきを、ゲート電界によって調整して打ち消すことが可能となる。さらに、「大きめの量子ドットでも、電界効果によって、ずっと小さな量子ドットと同様のふるまいをさせることが可能になり、試料作製の手間もこれまでより大幅に低減できる」と柴田特任講師は説明する。
今回の手法のもう1つの大きな利点は、電気二重層ゲート電極と量子ドットが双方ともにイオン液体に浸かってさえいれば、どんなに距離が離れていてもよく、量子ドットに光を当てるなどの、さまざまな操作もしやすいことだ。液体中のイオンが電圧に反応して動き、電気二重層を作るまで時間がかかるため、FETのように高速なオン・オフのスイッチには使えないという弱点はあるが、従来のゲート手法や、化学的なドーピングによる電子の蓄積に比べて、はるかに多くの電子を蓄積できる。「超伝導など、物質の相転移を誘起する可能性のあるほど強い電界強度を実現できるので、新しい物理現象を見るのに使いたい。より小さい量子ドットを用いたトランジスターの実現にも挑戦したい」と柴田特任講師は抱負を語る。自身が所属する平川一彦教授の研究室ではテラヘルツ光も研究しており、「テラヘルツ光の高感度検出器にも使えるかもしれない。量子ドットを2個くっつけて、テラヘルツ電磁波で量子ドット内での電子の移動で量子情報を表すことも考えている」。発想の転換から生まれた新しいSETから飛び出す発見が楽しみだ。
小島あゆみ サイエンスライター