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DNAを「商品に付いているバーコード」に見立てて、 生物を同定するための理論的な枠組みを確立!

2013年12月12日

田辺 晶史
京都大学 地球環境学堂 特定研究員
(現 水産総合研究センター・中央水産研究所 任期付研究員)

DNA情報の個人差は、親子関係や犯人を特定するために広く利用されている。ヒト以外でも、野生生物調査、有用微生物探索、病原性微生物の同定などで、DNA情報が用いられ始めている。このほど、京都大学 地球環境学堂(現 水産総合研究センター・中央水産研究所)の田辺晶史 研究員は、生物種に固有のDNAを既知の情報と照らし合わせて比較することで、高精度かつ自動的に属名や種名を特定できる技術の開発に成功した。

DNAバーコーディングの解析フロー | 拡大する

生物の分類は、大きい方から「界・門・綱・目・科・属・種」の7階層の分類群に分けられる。地球上には、まだ多くの未知生物がいるとされるが、その多くは既知の綱や目に属すると考えられており、そこを特定できれば、おおまかな生態や性質を推測した上で新種として分類することができるとされる。

これまでにも、DNA情報を用いて既知生物の系統樹を作り、その系統樹を利用して未知の生物を同定する手法はあったが、高度な専門知識と労力が必要で、気軽に使えるものではなかった。「2000年以降、一部のDNAだけで簡便に同定できるようにしようと、グエルフ大学(カナダ)のPaul Hebert博士が提唱したのが、DNAバーコーディングでした」と田辺研究員。その名称は、DNAを「商品に付いているバーコード」に見立てたことに由来する。

「まずは、ゲノム中のどの遺伝子を『標準』とすべきかが議論され、現在までに、動物はCOI(COX1)、植物はrbcLmatK、真菌はITS、細菌は16S rRNAの各遺伝子が、主に用いられるようになっています」と田辺研究員。その後、あらゆる既知の生物種において、これらの標準遺伝子の詳細なDNA配列がデータベース化されてきているが、十分ではないという。

「データベースの問題だけでなく、『DNAがどのくらい似ていたら同じ種と判断していいのか』という判断規準が不統一で、研究者や対象分類群によってバラバラでした。有力な規準があったことはあったのですが、計算量が膨大で、誤同定は少ないものの同定不能なことも多かったため、汎用化に至りませんでした」。そう話す田辺研究員は、独自に「より計算量が少なく、誤同定が少なく、かつ正しく同定もしやすい統一規準」を模索し、「配列が確定できれば、どのようなDNAにも適用可能」とする簡便なDNAバーコーディングの手法を開発した。

田辺研究員による「新しい統一基準」を利用した技術だと、分類群を特定したいDNA試料が、どの既知の分類群のDNA変異の範囲内に収まるかを計算し、客観的で正確な結果を導きだすという。「ユーザーは、自分が得ているDNA配列を使って、その配列と近縁な配列を既知配列データベースから取得でき、さらに、その近縁既知配列から目的の配列の所属分類群を推定できます。複数のDNA配列を全自動で処理したり、次世代シーケンサーで得られたデータにも対応可能です」と田辺研究員。

成功に至った理由については、「計算機科学の複雑な機械学習法を無理に使わなかったことと、階層的な分類体系の存在下において、新規のものが、どこに位置するのかを推定できる、『普遍的で、多くの人が納得できる規準』を編み出せたことが大きい」とコメントする。

今回の技術は、単に未知の生物の分類群を特定するだけでなく、「その池にどのような生物が生息しているか水中のDNAから推測する」、「胃の内容物やフンのDNAから、その生物の食性を推定する」、「その感染症の原因微生物を特定する」、「体内に共生している微生物を同定する」といったことも可能にする。つまり、応用範囲は、環境保護、農林水産業、医療、食品と、極めて幅広い。

一方で、導かれる答えの信頼度が算出できない、既知配列データベースが不完全といった点が、課題として残っている。田辺研究員は「まずは、既知配列データベースを充実させ、未知生物、絶滅危惧生物、侵略的外来生物について、探索能力を向上させることが課題です」とし、現在の生物界が、なぜ現在のような姿に至ったのかを理解すべく、さらなる研究開発に打ち込んでいる。

西村尚子 サイエンスライター

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