ARIA遺伝子が制御する、メタボリックシンドロームや肥満の新しいメカニズムを発見
2013年10月24日
京都府立医科大学大学院 医学系研究科 循環器内科
池田宏二助教
メタボリックシンドローム(内臓脂肪症候群)は内臓脂肪型肥満に高血糖・高血圧・脂質異常症のうち2つ以上を合併した状態で、高血糖・高血圧・脂質異常症が軽症であっても動脈硬化の危険性が高まることが知られている。
京都府立医科大学大学院 医学系研究科 循環器内科の池田宏二助教らは、このほど自身が以前発見した血管内皮細胞に多い遺伝子ARIAが脂肪組織でエネルギー代謝やインスリン感受性を制御し、メタボリックシンドロームや肥満に関連していることを明らかにした(Nature Communications 4, Article number: 2389)

高脂肪食を食べさせると、野生型マウスは体重が増えて肥満になり、内臓脂肪が蓄積されていくが、ARIAをノックアウトしたマウスは体重の増加が緩やかで内臓脂肪もたまりにくい。「高脂肪食を与えたARIAノックアウトマウスの体重や内臓肥満の増加は、同量の餌を与えた野生型マウスの体重増加の半分〜3分の1程度です」。 | 拡大する
池田助教は、2002年から3年間、米国スタンフォード大学の循環器内科の研究室に留学。そこで血管内皮機能を調節する新規遺伝子を3つ発見した。そのうちの1つが後にARIA(Apoptosis Regulator through modulating IAP expression)と名付けた遺伝子で、当初は機能を推定できるドメインがないなどから、その働きが分からず、池田助教は帰国後、京都府立医大に赴任してから本格的に研究を始めた。
まず血管内皮細胞中のARIA発現をノックダウンし、様々な内皮機能の変化を検討した結果、ARIAは血管内皮細胞のアポトーシスを制御することを突き止めた。そして、2008年にARIAノックアウトマウスを作製することで、ARIAの機能を確認する。「ARIAは心臓や肺などでの発現が多く、ノックアウトマウスを作製すると表現系を安定して観察できました。ARIAノックアウトマウスでは血管内皮細胞および前駆細胞がアポトーシスを起こしにくくなり、血管の管腔形成や血管内皮細胞の遊走が亢進して血管新生能力が高まっていました。特に血管新生が盛んな胎生期には過剰に増えた微小血管からの出血が起きていましたが、その出血はノックアウトマウスの成長などには影響しないことも分かりました」(池田助教)。
2011年にはマウスの脚の大腿動脈を縛り、人工的な虚血状態でのARIAの働きを報告している。「このときもノックアウトマウスでは血管新生が著しく亢進しました。虚血状態のように新しく血管ができなければならないときには、ARIAがない方が血管新生が進むということです」。また、血管新生やインスリンによるブドウ糖の取り込みなどに関わるPI3K/Akt経路*がARIAによってコントロールされることも明らかにした。「PI3K/Akt経路に拮抗するPTEN(phosphatase and tensin homolog deleted on chromosome 10)とARIAが細胞膜の近くで結合し、PTENを細胞膜の近くに留めます。ARIAがPTENのアンカータンパク質として働き、PI3K/Akt経路を阻害し、血管新生を抑えるのです」。

ARIAの働きを抑えると、脂肪組織での血管新生や骨格筋での糖の取り込みが増強され、エネルギーや糖の代謝が向上し、さらにメタボリックシンドロームの原因となる白色脂肪での炎症も抑えられて、肥満やメタボリックシンドロームになりにくくなると推測される。 | 拡大する
その後、ARIAがどこの臓器の血管に多いかを調べたところ、最も多い肺や心臓に匹敵するほど脂肪組織の血管に多く発現していると分かり、驚いたという。そこで野生型マウスとARIAノックアウトマウスに高脂肪食を14週間食べさせて比較したところ、野生型マウスでは当初の2倍以上に体重が増えたにもかかわらず、ARIAノックアウトマウスではそれほど体重が増えず、内臓脂肪も3分の1程度であった(図上)。また、野生型マウスに比べて白色脂肪でも褐色脂肪でも新生血管が増えており、白色細胞ではIL-6やTNF-αといった炎症性サイトカインが有意に減少、褐色脂肪では熱産生能が増加し、深部体温が上がるなど脂肪燃焼とエネルギー消費が有意に亢進していた。さらに、糖負荷試験やインスリン負荷試験、肝臓の重量、肝臓の中性脂肪値やコレステロール値なども野生型マウスよりも有意に良好であった。そして、通常食で比べても、ARIAノックアウトマウスは体重や脂肪重量に差がないにもかかわらず、インスリン感受性が高いことが分かった。
「肥満で脂肪組織が大きくなるときには血管も増えて酸素や栄養素を脂肪に供給しますが、血管新生が阻害されたり、血管新生が脂肪の肥大に追いつかなかったりすると、白色脂肪では慢性炎症が起こってメタボリックシンドロームが起こりやすくなります。また、褐色脂肪では熱産生が落ちてエネルギー消費が減少する結果、肥満がさらに進展すると考えられます。ARIAを阻害すると、脂肪での血管新生が増えるためにインスリン感受性が高くなり、エネルギー代謝も高まるようです。また、血管内皮細胞のインスリンシグナルを介して、骨格筋への糖の取り込みを増やしており、それも全身のインスリン感受性の向上に貢献していました」(図下参照)。
池田助教らは現在、虚血性心疾患や下肢が虚血に陥る閉塞性動脈硬化症などの治療に使えるARIAを阻害する化合物を探索中だ。「血管新生の亢進は虚血性の疾患には効果的ですが、糖尿病網膜症やがんのように血管新生が悪さをする病気には悪影響があるかもしれない。閉塞性動脈硬化症の急性期だけに投与するなど使い方も含めて、薬の候補物質の探索や開発を考えていきます」と池田助教は話している。
*PI3K(ホスファチジルイノシトール3-キナーゼ)が細胞膜の成分であるイノシトールリン脂質をPI(3,4,5)-P3(ホスファチジルイノシトール 3,4,5-トリスリン酸)に換え、リン酸化酵素Aktを活性化する経路
小島あゆみ サイエンスライター