プラナリアの頭と尾が、 正しい方向に再生される分子メカニズムを解明!
2013年10月10日
梅園良彦
徳島大学大学院 ソシオテクノサイエンス研究部 学術研究員
「体を切り刻まれても再生する、不思議な生物」として、高校の生物の教科書にも紹介されるプラナリア。発生や分化の研究領域ではおなじみのモデル生物だが、切られても再生するメカニズムには謎も残されていた。このほど、徳島大学大学院 ソシオテクノサイエンス研究部の梅園 良彦 学術研究員らの研究グループは、特に再生能力の高い亜種を用いて、これまで仮説でしかなかった分子メカニズムを実証することに成功した。

正常な尾部断片からは頭部が再生されない(上)。ところが、RNAiによってWnt/β-カテニン経路経路を阻害すると、一対の眼を持つ頭部が再生される(下)。 | 拡大する
プラナリアは、扁形動物門ウズムシ目に属する動物の総称。体長は1〜2 cmほどで、体は平べったく、脳、神経系、消化管、光を感じる程度の目などを持つ、愛らしい姿の生き物だ。体が繊毛に覆われており、それらが渦のように動くことから「ウズムシ」ともよばれる。海水、河川、湿原などに広く生息し、日本では川の上流などで、石や枯れ葉を裏返すと、容易に見つけることができる。
プラナリアに驚異的な再生能力が備わっていることは、古くから知られていた。今回、梅園研究員らが対象にしたナミウズムシは、特に再生能力が高く、体を前後に切られても「頭部側から、首と腹と尾」が、「尾部側から、頭と首と腹」とが再生し、完全な形を持つ2匹となる。約100年も前に、アメリカの遺伝学者Thomas Hunt Morganは、なぜこのような驚異的な再生が起きるのかを研究し、「何らかの物質の濃度勾配が、体の前後の位置情報をコードしている」との仮説を提唱した。以後、この仮説は生物の形づくりの基本的な概念として支持されてきたが、仮説の完全な実証には至っていなかった。
その後の研究により、プラナリアには幹細胞が全身に広く分布すること、頭と尾のどちらもが方向性をもって正しく再生されるには、特定の経路(Wnt/β-カテニン経路)が重要であることが突き止められた。その上で梅園研究員らは、2011年に、ERKというタンパク質が活性化されると、幹細胞が特定の細胞に分化するためのスイッチがオンになることを明らかにしていた。
「今回は、RNAi技術を用いてナミウズムシのERKタンパク質の活性化レベルを下げ、ERK経路が前後軸のパターン化にどのように寄与するのか、Wnt/β-カテニン経路がERK経路にどのように作用するのかといったことを調べました」と梅園研究員。
「結論から言うと、頭と尾が正しい方向に再生されるには、ERKタンパク質とβカテニンタンパク質が、体の前後軸に沿って相反する活性勾配を示すのがカギだと分かりました」と話す梅園研究員。具体的にまとめると、ざっと以下のようになるという。
- 幹細胞が、頭、腹、尾などの特定の細胞に分化するには、いずれもERKタンパク質の活性が必要。ただし、その活性化レベルは、頭部で高く、尾部に向かって低くなることが重要となる。
- Wnt/β-カテニン経路は、ERK経路に対して抑制的に働く。従って、尾になるはずの部位でWnt/β-カテニン経路を阻害すると、ERKの活性化レベルが上がり、頭部へと運命転換する。
- 同じように、首と腹についても、ERKの活性化レベルを上げると、頭へと運命転換する。
- 逆に、頭部になるはずの部位でWnt/β-カテニン経路を活性化するとERKの活性が下がり、頭部の再生が抑制される。
さらに梅園研究員らは、尾部から頭部を再生できない亜種(コガタウズムシ)についても検討した。そして、コガタウズムシでは尾部のWnt/β-カテニン活性がとても高いために、ナミウズムシのように尾部から頭部を再生することができないことを突き止めた。
一連の成果は、モーガンの仮説が分子レベルでも正しいことを強く示している。「加えて私たちは、プラナリアの幹細胞がERKタンパク質の活性化により、もともとは頭部の細胞になることを運命付けられているとする『細胞運命のデフォルト仮説』を提唱することができました。ただし、その運命は、Wnt/β-カテニン経路などによる別のシグナルによって『頭部とは異なる細胞』へと転換され、結果として、体の前後軸のパターンが正しく再生されることになります」。そうコメントする梅園研究員は、幹細胞内でERK経路が活性化される分子メカニズムや、Wnt/β-カテニン経路によるERKの活性化レベルの制御機構にもせまりたいとして、さらなる研究を続けている。
西村尚子 サイエンスライター