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セマフォリン3Aが感覚神経系を介して骨量を制御することを発見

2013年9月26日

東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科 細胞生理学教室
竹田 秀 教授

感覚神経が骨量を制御する物質を出しているかもしれない ― 神経と骨のおもしろい関係が東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科 細胞生理学教室の竹田秀教授、福田亨助教らの研究から見えてきた(Nature 497, 490–493)。

正常マウスでは骨に侵入している感覚神経が骨形成を促進しているが、神経特異的セマフォリン3Aノックアウトマウスでは感覚神経が骨に侵入しにくくなり、骨形成が阻害される。セマフォリン3Aは感覚神経の伸長にも関係し、感覚神経自らがセマフォリン3Aを出していることが予測される。 | 拡大する

骨代謝はこれまでからホルモンだけでなく、サイトカインや神経系などによっても制御されている事実が明らかになっている。例えば、視床下部で作られ、生殖や社会行動に関わる神経ペプチドのオキシトシンが骨芽細胞に作用して骨形成を促進すること、神経伝達物質セロトニンの血中濃度が高いと骨量が減少することなどがすでに報告されている。

竹田教授も2002年に脂肪細胞から分泌され食欲を抑制するサイトカイン、レプチンが骨芽細胞の増殖・分化や骨のレプチン受容体を通してではなく、交感神経系を介して骨形成を調節していることを見いだした。また、2012年にはビタミンE欠乏モデルマウスなどを用いた研究から、ビタミンEの過剰摂取による骨粗鬆症の可能性についても発表している。

今回の感覚神経系と骨量との関係の研究は慶應義塾大学、東京医科歯科大学、埼玉医科大学、米国シンシナティ小児病院との共同研究。きっかけは発生の過程で神経が伸長する際の反発因子として知られるセマフォリン3Aが心臓の交感神経系を調節しているという論文から、セマフォリン3Aが交感神経系を介して骨量を制御しているかもしれないと考えたことだった。

竹田教授らは、まずバイオバンクから入手した全身のセマフォリン3Aをノックアウトしたマウスを詳しく観察した。すると、骨量が低下しており、その理由は骨形成の低下だった。そして、骨芽細胞由来のセマフォリン3Aが骨芽細胞の分化をコントロールするという知見から、骨芽細胞特異的セマフォリン3Aノックアウトマウスを作製して調べたが、骨量も骨形成も正常で、骨芽細胞にあるセマフォリン3Aは骨量とは関係しないことが明らかになった。続いて作製した神経特異的セマフォリン3Aノックアウトマウスでは骨形成の低下によって骨量が減少しており、全身性のセマフォリン3Aノックアウトマウスの骨量減少は神経におけるセマフォリン3Aの働きによるものと推測できた。

また、いずれのノックアウトマウスでも交感神経の骨への侵入には異常がなく、神経特異的セマフォリン3Aノックアウトマウスの骨のみ感覚神経がより多く侵入していた。そこで、感覚神経が骨量を制御しているかどうかを確かめるため、感覚神経を破壊するカプサイシンを注射したところ、野生型マウス(正常マウス)では骨量が減少し、神経特異的セマフォリン3Aノックアウトマウスでは変化がなかった。このことから、セマフォリン3Aが感覚神経系を通じて骨形成を制御していると分かった。

「セマフォリン3Aは主に神経の周囲から出ていて、神経が伸展して来ないよう抑制していると考えられていますが、すでに運動神経がセマフォリン3Aを分泌しているという報告があり、この研究でもセマフォリン3Aがない全身性のセマフォリン3Aノックアウトマウスでも骨量が減ったことから、感覚神経自体がセマフォリン3Aを出して神経の伸長をコントロールしていると推測されます。自らがセマフォリン3Aを出して自身のセマフォリン3A受容体の感度を下げ、神経を伸ばしているのかもしれません」と竹田教授。「ただ、ヒトでも同じことが起こっているかどうかは分かりません」。

竹田教授らが交感神経系の活性が上がると骨量が減ることを2003年に発表した後、骨粗鬆症の患者さんに交感神経系のブロッカーを与えると骨折が減る、また、骨粗鬆症の患者さんの骨には交感神経が健康な人よりも多いといった報告が出て来た。このように交感神経系と骨の関係は明らかになりつつある。一方で、感覚神経系と骨の関係はまだ知見が少ないが、感覚神経が異常になり痛みを感じない無痛症の患者さんには原因不明の骨粗鬆症が起こりやすいといわれている。竹田教授は「今後は骨粗鬆症の患者さんの骨折の手術などで採取される骨の切片に感覚神経系の異常がないかを調べていきたいです」と話す。

内分泌内科医として診療にあたる一方で、骨のカルシウム制御を研究し、現在は整形外科でも骨粗鬆症の患者さんを専門に診ている。「欧米では骨粗鬆症は全身の骨代謝の問題として内分泌の専門医が診察します。患者さんを診ることで、新しい治療法や研究のヒントを得られるでしょうし、研究を臨床につなぐのにも役立つと考えています」と竹田教授。「神経と骨の関連を軸に、骨以外の臓器による骨代謝調節や骨から脳への情報伝達のメカニズムが知りたい。“臓器ネットワーク”の中での骨の役割を解き明かし、ヒトの生理学や疾患研究にフィードバックするのが目標です」と抱負を語っている。

小島あゆみ サイエンスライター

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