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重症のアトピー性皮膚炎と肺炎や皮膚膿瘍を伴う不思議な免疫不全症「高IgE症候群」の原因遺伝子を特定

2007年8月23日

東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科生体環境応答学系専攻
感染応答学講座 免疫アレルギー学分野
烏山 一 教授
峯岸 克行 准教授

STAT3遺伝子のcDNA(相補的DNA)を使った実験の電気泳動図。グラフの上の段が正常群、下が高IgE症候群の患者のデータ。患者のSTAT3遺伝子には変異が見られ、変異している部分はDNAの結合部に集中していた。 | 拡大する

高IgE症候群は免疫グロブリンのIgEが高値になるほか、重症のアトピー性皮膚炎や呼吸器の感染症、皮膚膿瘍などを伴う免疫不全症で、先天性免疫異常の中では頻度が高く、10万人にひとりから100万人にひとりの割合で発生すると推測されている。ところが、1966年に疾患の存在が報告されて以来、その病態や遺伝的背景などの原因、診断方法は不明なままで、有効な治療法も確立されていない。

東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科免疫アレルギー学の烏山一教授と峯岸克行准教授らは北海道大学、東北大学、藤田保健衛生大学、九州大学、セルビア・モンテネグロ、トルコの小児科グループとの共同研究で、この高IgE症候群の原因がSTAT3(signal transducer and activator of transcription 3)の遺伝子変異で起こることを明らかにした。

高IgE症候群には、非遺伝性あるいはまれに常染色体優性遺伝で骨粗鬆症や歯の異常が起こるタイプ(Ⅰ型)と常染色体劣性遺伝でウイルス感染症が重症化するタイプ(Ⅱ型)に分けられ、いずれもアトピー性皮膚炎は重症化する。

今回の新しい報告に先立ち、烏山教授らは昨年、Ⅱ型の高IgE症候群でアトピー性皮膚炎を持ち、抗酸菌やサルモネラのような細胞内寄生細菌やウイルスによる感染症を繰り返す患者がチロシンキナーゼ(アミノ酸の一種チロシンにリン酸を付加する酵素)のひとつであるTyk2(tyrosine kinase 2)遺伝子の異常を持つことを発見している。

この患者の末梢血細胞をサイトカインでひとつひとつ刺激したところ、IL-6(インターロイキン6)、IL-10 IL-12、IL-23とIFNα(Ⅰ型インターフェロンの一種)といった多くのサイトカインのシグナル伝達が障害されていることがわかった。そして、遺伝子の解析によってTyk2遺伝子の変異が見つかり、細胞に正常なTyk2遺伝子を発現させると、サイトカインへの反応が正常化したことから、Tyk2遺伝子の欠損が高IgE症候群に関与していることが証明されたのだ。

その後、Ⅰ型高IgE症候群の患者の末梢血細胞でも同様にサイトカインで刺激したところ、IL-6とIL-10のシグナル伝達は障害され、IL-12とINFαの応答は正常だった。そこから IL-6とIL-10のシグナル伝達を担う分子の探索が始まり、STAT3遺伝子の変異が関与することが明らかになった。また、これらの患者ではSTAT3遺伝子のDNA結合機能が4分の1程度に低下していることもわかった。

「STAT3遺伝子の異常によってIL-6のシグナル伝達がうまくいかないと、炎症が起こらない。これがⅠ型高IgE症候群の患者さんに痛みや熱感のない皮膚・肺膿瘍(冷膿瘍)があらわれる理由と考えられる」と烏山教授は解説する。

また、峯岸准教授は「Tyk2遺伝子の異常が関与するⅡ型では抗酸菌に感染しやすいが、STAT3の異常があるI型では黄色ブドウ球菌に感染しやすく、膿が出やすいようだ」とその病態の違いを語る。

STAT3は30以上のシグナル伝達のファクターとして働いている遺伝子で、「今後はSTAT3のシグナル伝達経路のどの部分がとくに強く関与するのかを調べて、高IgE症候群の病態を解明すること、また、一般のアトピー性皮膚炎の患者でもSTAT3遺伝子の異常が起こっているのかどうかを研究したい」と峯岸准教授。すでにアレルギー患者の遺伝子の網羅的な解析を共同研究で始めており、STAT3ノックアウトマウスによる病態の解析も準備中だ。

実際、乳幼児期から重症のアトピー性皮膚炎を患ってきた患者が後に高IgE症候群と診断された例も多く、今回の高IgE症候群の原因遺伝子同定によって遺伝子診断による早期の確定診断ができる可能性が高まった。

高IgE症候群のような原発性免疫不全症はまだまだ病態がはっきりせず、診断も治療も進みにくい。ただ、「患者登録によって遺伝子診断をできる免疫不全症があるにも関わらず、医師の間で普及していない。また、高IgE症候群の患者さんが起こす肺膿瘍はあらかじめ抗生剤を飲むことによって予防できるのに、その情報が伝わらない。免疫不全症に医師も社会ももっと関心を持ってほしい」と烏山教授は話している。

今回の論文発表の後、ニュースを聞いたアトピー性皮膚炎の患者から多くの反響が寄せられたという。烏山教授も峯岸准教授もこの発見が高IgE症候群や難治性のアトピー性皮膚炎の治療への突破口になればと意気込んでいる。

小島あゆみ サイエンスライター

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