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多系統萎縮症の重要な原因遺伝子を大規模な国際多施設共同研究で発見

2013年7月25日

東京大学大学院 医学系研究科 脳神経医学専攻
辻 省次 教授

遺伝性の難病は家系を調べることで原因遺伝子が発見され、薬などの治療法の開発が始まっているが、患者が散発的に発生する“孤発性”の場合には、その発症機構を解明する研究パラダイムが十分には確立されていないことから、発症原因を見つけるのが難しい。そのため治療法の開発が進まないのが大きな課題となっている。

東京大学大学院 医学系研究科の辻省次 教授、三井純 特任助教らの研究グループが先日“New England Journal of Medicine”で報告した多系統萎縮症の重要な遺伝子変異の発見(N Engl J Med 2013; 369:233-244)で用いた、孤発例と家系例、健常者群を比較する研究手法は、孤発性の難病の研究方法の1つの解になる可能性がある。

この研究はフランス、ドイツ、イタリア、オーストラリア、米国の研究グループとの国際的な多施設共同研究であり、関わった研究者は70名超、患者さんや健常者ボランティアは総計で8300例を超えるという大規模なもの。

多系統萎縮症は脊髄小脳変性症の中でも最も患者数が多く、国内の患者は1万2000人程度と推測されている。発症率は10万人当たり10人ほどで、発症のピークは50代後半。家系内に複数の患者が見られることはほとんどなく、代表的な孤発性疾患と考えられている。起立性低血圧や排尿障害などの自律神経症状に加えて、パーキンソン病に似た震えや筋肉のこわばり、小脳の変性からくるしゃべりにくさ、ふらつきなどの症状がさまざまな組み合わせで出現し、神経難病としては進行が比較的速い。患者さんの脳の線条体や小脳、脳幹などでは神経細胞を取り囲むグリア細胞に、健常者には見られない、タンパク質のα-シヌクレインを含む封入体が観察される。治療は現在のところ、それぞれの症状を改善する対症的なものに留まっており、病気の進行を遅らせることができる治療法はない。

辻教授は、新潟大学在籍中からこの病気の診療・研究に関わり、2007年には家系例6例を世界で初めて報告した。また、国内でこの病気を研究する21の大学・研究機関・医療機関でゲノム解析や疫学調査を行う多施設共同研究体JAMSAC(Japan MSA research consortium)の構築の旗振り役となった。

「多系統萎縮症は孤発例であっても遺伝的要因が関わることを示唆するいくつかの間接的な観察結果はあったが、これまで行われている、頻度の高い一塩基多型(SNPs)を用いて調べるゲノムワイド関連解析(GWAS)の結果では、見いだされる疾患感受性遺伝子のオッズ比が小さく、病気の全体像を理解するまでには至らなかった」と辻教授。

今回の研究では、まず6つの多発家系の発症者の遺伝子解析を行い、辻教授らが開発した連鎖解析のパイプライン・ソフトウェアを使って、全ゲノムのうち共有するゲノム領域を80Mb(約40分の1)まで絞り込んだ。続いて、多発家系のうちの発症者1例の全ゲノムの塩基配列を大規模並列シーケンサーで解析し、共有領域を調べたところ、コエンザイムQ10の合成酵素遺伝子COQ2のみが原因遺伝子候補として残った。さらに、多発家系を詳しく検索すると、ある家系の発症者にCOQ2遺伝子のホモ接合体の変異、別の1家系の発症者に複合ヘテロ接合体の変異がそれぞれ見つかった。また、発症者1例の脳組織を調べると、コエンザイムQ10の含有量が、対照の脳組織と比較して低下していることが明らかになった。

その後、辻教授らはこの結果を用い、多系統萎縮症を国際的に研究するグループが連携している患者群と健常者群のCOQ2遺伝子の塩基配列を解析して比較した(日本の患者群・対照検体363例、健常者の対照群2組:520例と2,383例、ヨーロッパの患者群・検体223例と対照群315例、北米の172例と対照群294例)。そうすると、患者群ではV343A領域のヘテロ接合性変異31例、ホモ接合性変異2例、健常者対照群ではヘテロ接合性変異が17例で、患者の変異保有率は9.1%と健常者の対照群(3.3%)より有意に高く、この変異は日本人のみしかないことがわかった。その他にも10の低頻度の遺伝子変異が見つかり、健常者群ではこの遺伝子変異の保有率が0.1%だったのに対し、患者群では1.06%と10倍であった。

「多系統萎縮症にCOQ2遺伝子が関係することは予想外だったが、神経変性疾患の病態機序において酸化ストレスに対する脆弱性が関与することは古くからいわれているので、この結果には納得できるところもある」と辻教授。COQ2が酵素となって産生するコエンザイムQ10は、細胞のミトコンドリア内でエネルギー産生に関わり、抗酸化作用がある。辻教授はコエンザイムQ10の大量投与による多系統萎縮症に対する臨床治験の実現に向けて準備を進めている。

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辻教授は「多発家系の発症者と孤発例を比較すると、まれで、比較的影響度の大きい遺伝子変異は、家族内で集積しやすい傾向があり、手がかりを得やすく、さらに、比較的サンプルサイズが小さくても、孤発例において発症に関与するかどうかの検証がしやすい」と強調する。次世代シーケンサーの登場で全ゲノム解析のスピードが上がり、費用も年々下がっているが、「多発家系や孤発例の患者さん、健常者の組み合わせ、遺伝子解析領域の絞り込みで、今回のように少ないサンプル数でも効率良く研究することができる」。今後はこのアプローチでアルツハイマー病やパーキンソン病、筋萎縮性側索硬化症(ALS)などの孤発性の神経疾患の遺伝子探索を行う予定だ。

臨床神経学、臨床遺伝学、コンピューター・サイエンスを軸に研究を続ける辻教授。「生命科学、特に遺伝子に関わる研究はビッグサイエンスになって、一研究室でできる時代ではなくなった。自分たちの研究室ができることとできないことを明確にして、補い合える共同研究体制を組み、多くの患者さんや健常者の方々に協力してもらってこそ、治療につながる研究ができる」。治療法が限られ、情報が少なく、孤独を感じやすい神経難病の患者さんたちを診察している辻教授の言葉には説得力がある。

小島あゆみ サイエンスライター

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