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自然免疫を発動するTLR3が、1本鎖のRNAも認識することを発見!

2013年7月11日

北海道大学大学院 医学研究科
松本美佐子 准教授

生物種の約80%を占めるとされる昆虫には、獲得免疫のシステムがない。抗菌・抗カビ機能を持つペプチドを作り出す、貪食細胞で病原体を貪食するといった自然免疫のみで、生体を防御している。実は、ヒトにも自然免疫の仕組みが備わっている。このほど、北海道大学大学院 医学研究科の松本美佐子 准教授は、自然免疫に関与した受容体の1つが、これまでにわかっていた「2本鎖のRNA」だけでなく、「1本鎖のRNA」をも認識することを突き止めた。

TLR3によるRNAの認識とシグナル伝達 | 拡大する

自然免疫は免疫学ではマイナーな領域だったが、1996年にショウジョウバエの自然免疫を司る受容体(Toll)が同定され、翌年にヒトを含む脊椎動物にも同様の受容体(Toll-Like-Receptor;TLR)があることがわかるや否や、表舞台に躍り出た。研究は競うようにして進み、現在までに、哺乳類の多くが10〜15種を持つこと、ヒトには約10種(TLR1〜TLR10)みられることなどが明らかにされている。

今回、松本准教授らが対象にしたのは、そのうちの1つであるTLR3。「他のTLRの解析が進むなか、TLR3はリガンドも機能も不明のままでした。そこで1999年に私は、TLR3のモノクローナル抗体を作り、機能や構造の解析を進めることにしました。」と松本准教授。

松本准教授らによるモノクローナル抗体は、内外の多くの研究者に分与され、TLR3について以下のようなことが明らかにされた。「TLR3は、樹状細胞などの免疫細胞、繊維芽細胞、上皮系細胞などのエンドソームに存在する」。「特定の受容体を介してエンドソームへ運ばれた2本鎖のRNA(dsRNA)を認識する」。「樹状細胞においては、IFN-bやIL-12といったサイトカイン産生を誘導し、NK細胞や細胞障害性T細胞を活性化する機能を担う」。「繊維芽細胞や上皮系細胞では、IFN-bや炎症性サイトカイン産生を誘導する」。

dsRNAを持つウイルスには、ポリオウイルスやロタウイルスなどがある。「TLR3がこのようなウイルスの認識と排除に寄与しているのは明らかですが、それだけではないとの報告もありました。たとえば、『dsRNAを生じにくいウイルスの感染や非感染性の炎症においても、特殊な形状をしたウイルスや自己由来のRNA断片が放出され、TLR3を活性化する』といったものです」と松本准教授。

ところが、松本准教授らが行った実験では、報告と同様の結果を再現できなかった。「そこで、TLR3が認識するRNAの構造を厳密に調べようと考えました」。そう話す松本准教授は、まず、ポリオウイルスに感染した細胞と非感染の細胞の両方からRNAを抽出し、それらのRNAが樹状細胞のTLR3で認識されるかどうかを調べた。「その結果、感染細胞のRNAはTLR3を介したIFN-b産生を誘導し、非感染細胞では誘導しないことがわかりました」。

次に、TLR3が認識した感染細胞由来のRNAを詳しく調べてみた。その結果、ポリオウイルスゲノムの一本鎖RNA(ssRNA)と、その複製中間物のdsRNAからなり、約1000 bpの長さに分解されたRNAであることがわかったという。この段階で松本准教授は、「TLR3は、dsRNAだけでなくssRNAも認識するのかもしれない」と考え、早速、ポリオウイルスの遺伝子配列をもとに、1000 bpほどのdsRNAとssRNAを試験管内で合成。これらのRNAが樹状細胞のTLR3に認識され、IFN-b産生を誘導するかどうかを調べてみた。

「RNAは不安定で壊れやすいのですが、驚くべきことに、一部の安定化したssRNAだけがTLR3に認識されていたのです。このssRNAは、培養した繊維芽細胞においてもTLR3を活性化し、インターフェロンやサイトカイン産生を誘導しました」と松本准教授。

さらに松本准教授らは、ポリオウイルスのssRNAのどのような領域がTLR3の活性化に寄与しているのかについても検討。「複数の構造予測ソフトを用いて解析したところ、不完全なdsRNAがタンデムに連なった構造が重要であることがわかり、そのための最も適した二次構造を決定することもできました」と話す。

以上のことから、TLR3が果たす機能について松本准教授は、「ウイルス感染の場となる上皮系細胞のTLR3は、ウイルス感染細胞や障害された細胞由来のRNAを素早く検知し、速やかに免疫系を発動させていると思われます。また、ごく最近、繊維芽細胞において、TLR3の活性化が核のリプログラミングに寄与するとの報告もありました。炎症応答や組織再生のシグナルとして、幅広く機能していることが伺えます」とコメントする。

すでに、TLR3研究の医療への応用も模索され始めている。たとえば、TLR3のリガンドを感染症やがんのワクチン効果を強める「アジュバンド」として用いたり、TLR3を活性化したり逆に抑制するRNAを「炎症反応の制御」に用いるといったものだ。

「私の次の課題は、今回の結果を生体内でも再現すること。そのために、ウイルス感染細胞やがん細胞から放出されるエキソソームやアポトーシス細胞由来のRNAを対象に、TLR3を活性化するものを網羅的に調べたい」と話す松本准教授。次の成果を求めて、多忙な日々が続く。

西村尚子 サイエンスライター

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