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細胞を流しながら固めて培養し、ファイバー状の生体材料に!

2013年6月13日

東京大学 生産技術研究所
竹内 昌治 准教授

iPS細胞の開発などにより、失われた臓器や組織を補完する再生医療への期待が高まっている。実現に向けて求められるのは、細胞を三次元の組織として構築する技術。皮膚や軟骨、網膜などについては技術が確立されつつあるものの、肝臓などの複雑な構造を作るのは難しい状況にある。このほど、東京大学 生産技術研究所の竹内 昌治 准教授らは、細胞を微小な管に流しながら固めて培養し、機能を持つファイバー状の組織として構築することに成功した。

細胞ファイバーの概念図(左)と繊維芽細胞を用いて作った細胞ファイバー(左)。 | 拡大する

細胞に組織や臓器としての機能を発揮させるには、自由に動ける三次元環境下で増やし、自己組織化させる必要がある。最近、注目を集めている組織工学の領域においては、細胞の足場となる細胞外マトリックス、増殖・分化・成長のための因子、コーティングゲルなどに関する研究が進んでいる。

「細胞は医療における材料として非常に魅力的ですが、基板にべったりと張り付き、自在に形を変えるなど、取り扱いが大変です。私たちは、必要な細胞を、必要時に必要量だけ持ち運べるような規格化されたものにしたいと考え、今回の研究を始めました」。そう話す竹内准教授は工学出身。MEMS(Micro Electro Mechanical Systems)やマイクロ流体デバイスを利用した生体材料の研究開発を行っており、ごく微小な環境下での水の流れ(流路)を利用した脂質二重膜の人工合成法などを開発してきた。

今回は、流路を使って細胞を直径数十マイクロメートルのファイバー状に閉じ込め(細胞を入れると、直径は100〜200マイクロメートルになる)、内部で増殖や組織化させることに成功した。「ファイバーは、シェル(外殻部)とコア(内部)からなります。シェルを構成するのは機械的な強度の強いアルギン酸カルシウムゲルで、細胞の養分や老廃物を通すことができます。コアには、細胞外マトリックスの成分であるコラーゲンやフィブリンに細胞を高密度で混ぜたものを流し込み、細胞組織ができたところでシェルを溶かして除去します」と竹内准教授。ファイバーごと培養液につけ込み、必要に応じて成長因子や増殖因子を加えることができるほか、ファイバーを扱いやすい長さに切る、細胞を一定量だけ取り出して運ぶといったことも容易にできるという。

今回の実験では、ラット、マウス、ウサギ、ヒトなどの、10種以上の細胞が使われた。たとえば、心筋細胞はファイバー内で増殖後、互いに情報をやりとりし、同期して収縮を始めた。また、神経幹細胞は、培養液に分化因子を入れるとニューロンやグリアに分化させることができた。「77日間培養したところ、ニューロンの突起が伸びてシナプス結合を形成しました。ニューロン内のカルシウムイオンの動態をイメージングすることで神経活動も観察できました」と竹内准教授。

さらに竹内准教授らは、ラットの膵臓から分離した膵島細胞で細胞ファイバーを作り、それを糖尿病のマウスモデルの腎皮膜下に移植する実験も行った。膵島細胞は機能を発揮し、高血糖状態が2〜3日で正常値まで改善されたという。

竹内准教授は、「今回のファイバーはより高次の三次元細胞組織を形成するためのビルディングブロックとしての機能も持っています。肝臓のような複数の細胞からなる三次元構造についても、ファイバー型に加えてビーズやプレートなど他のビルディングブロックを組み合わせることで構築可能と考えています」とし、「移植用途では、細胞ファイバーを生体内で溶けないゲルで覆うため、カートリッジのように半年ごとに取りかえたり、異種の細胞をヒトの体内で機能させるようなこともできると考えています。ファイバー状なので内視鏡やカテーテルなどの低侵襲な医療器具との相性もよく、患者さんへの負担も少なく済むのも利点です」と続ける。

再生医療以外では、創薬のスクリーニング用細胞の作製、アレルギーやダイエットに対応した食品の設計などにも利用できるという細胞ファイバー。「生体への臨床応用にはゲルの安全性の問題などもあるが、5〜10年のうちに目処をつけたい。iPS細胞などの幹細胞を用いた臨床応用でも、私たちの技術が役立つと嬉しい」と話す竹内准教授。生体材料を使った構造の設計論を確立すべく、研究に邁進する日々が続く。

西村尚子 サイエンスライター

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