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病的近視の原因である眼球の変形を3D MRIの画像解析で実証

2013年2月28日

東京医科歯科大学眼科学分野
大野 京子 准教授

図1:近視のない正常な眼球
左は下から、右は鼻側から見たところ。 | 拡大する
図2:耳側突出型の右目
高度の視野狭窄のある患者さんの右目。左は下から、右は後ろから見たところ。突出した部分のすぐ鼻側に(脳に向かう)視神経(金色)がある。 | 拡大する

東京医科歯科大学眼科学分野の大野京子准教授らの研究グループは、大日本印刷とともに、このほど世界で初めて、眼球の形状を3次元的なMRI(磁気共鳴画像)で描出することに成功し、この画像解析を使って、日本人に多い病的近視が眼球の変形によって起こることを実証した。

病的近視は、眼鏡やコンタクトレンズを装着しても視力が出ない状態で、網膜出血、網膜変性、網膜剥離、黄斑剥離、緑内障などによって起こる。進行すると失明することも多い。その原因として、前後方向の長さ(眼軸)が長くなることに加え、眼球が変形して、網膜や視神経が伸ばされたり、ゆがんだりすることが考えられている。これまでは亡くなった人の眼球や病気で取り出した眼球の観察から、近視と眼軸の伸びや一部の変形との相関はわかっていたが、生体では見ることができなかった。

3D MRIの撮影は脳のMRI検査と同じで、4分間ほどの撮影の後、眼球部分の画像を取り出して解析する。大野准教授らが病的近視の100例以上の症例を解析した結果、近視のない正常な眼では眼球がほぼ球形であるのに対し、病的近視では眼軸が長くなるだけではなく、眼球が複雑に変形していた。「病的近視は、視力検査や眼底検査、レーザーによる眼軸長の測定などでしか診断できなかったが、同じくらいの視力や眼軸長でも網膜や視神経の障害の度合いが異なることがあり、その違いが3D画像で明らかになった」(大野准教授)。

病的近視の眼球の変形は、①左右対称で後ろがとがっている紡錘型もしくはイチゴ型、②左右対称で後ろが丸く出っ張っている樽型、③左右非対称で鼻の側に飛び出た鼻側偏位型、④左右非対称で耳側に突出した耳側偏位型の4つのタイプに分けられ、このうち、耳側偏位型がとくに視神経の障害が進みやすいことがわかった。また、眼球の変形は全般に上半分よりも下半分に大きかった。「下半分のほうが発生的には後からできるため、未熟だといわれており、それが理由かもしれない」。

眼球の変形は40代あたりから起こるとされる。日本の代表的な疫学研究である“久山町研究”では40歳以上の住民1890名のうち、強度近視は5.4 %だった(眼軸長26.8 mm以上)。「お餅を焼いたときのように、眼球は成長につれて、ほぼ均一に膨らむけれど、そのうち弱い部分が出て来て、突出する部分と凹む部分が出て来る。しかし、その状態になっても眼軸長は大きくは変わらないことが多く、近視が進行していても見つからない人も多いのではないか」。

この3D MRI画像解析を使えば、診断や疾患の分類がしやすく、また、経時的な観察によって眼球の変形と疾患との関係を追うことができる。すでに強度の近視になっている患者さんの経過観察や“眼球ドック”にも使えそうだ。大野准教授はとくに子どもの患者さんへの応用を考えており、「軽い近視の子どもがだんだん強度近視になり、病的近視に進行すると思われているが、病的近視は遺伝的背景が濃厚で、子どものときにすでに兆候がある。将来的には画像解析と遺伝子解析などで早めに見つけて、予防につなげることができれば」と話す。

現在、米国コロンビア大学との共同研究で白人の眼球との相違も調べているところだ。「アジア人には近視が多く、眼軸と身長が相関する、つまり背が高い人は眼軸長も長いという特徴がある。一方で、白人は身長が高いのに近視が少ない。これは眼軸が長くても眼球が球形に近いのかもしれない」。

病的近視の治療法として、大野准教授らが有望視しているのが、眼球の形を保っている強膜をコラーゲンで補強する方法。結膜を切開して強膜までチューブを通し、そこに紫外線を当て、コラーゲン同士を架橋させて強膜を硬くするというもの。また、強膜の幹細胞をシート状に増やし、強膜を補強する方法も開発中だ。いずれもマウスやウサギの実験で成功している。

日本を含めたアジア人に多い病的近視は、欧米に比べて研究テーマとしての優位性が高い。画像診断、遺伝子研究から治療法の開発、疫学との共同研究まで、幅広く手がける大野准教授の研究の今後が楽しみだ。

小島あゆみ サイエンスライター

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