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超高速遊泳を可能にする、水平連結六方7連のべん毛モーターのしくみを解明!

2013年2月14日

大阪大学 大学院 生命機能研究科 プロトニックナノマシン研究室
加藤 貴之 助教

MO-1がもつ水平連結六方7連のべん毛モーターの模式図。 | 拡大する

細菌の多くは、水中を自由に動き回るための「べん毛(鞭毛)」をもっている。べん毛は、その名のとおり「鞭のように長い毛」。そのつけ根部分に「回転機能をもつタンパク質複合体(モータータンパク質)」があり、その回転運動が推進力となる。このほど、大阪大学大学院 生命機能研究科のJuanfang Ruan研究員や加藤貴之助教らは、磁性細菌が超高速で泳ぐための7連のべん毛モーターのしくみを解明した。

モータータンパク質は「生物がもつ高性能ナノマシン」の代表格といえ、構造や機能の解析がさかんに行われてきた。なかでも、加藤助教が所属するプロトニックナノマシン研究室では、難波啓一教授らが、べん毛の繊維部分を構成する「フラジェリン」というタンパク質の構造変化により、べん毛繊維が左巻や右巻のらせん型プロペラを形づくることや、フラジェリンが繊維を貫通する直径2nmほどのトンネルを通って先端に運ばれ、繊維を伸長させることなどを明らかにしてきた。べん毛モーターは1秒間に何万回も回転し、しかも反転可能で、わずか1京分の1ワットで高速回転する超高性能モーターである。

今回、Ruan研究員と加藤助教らは、3年前に発見されMO-1と名付けられたた磁性細菌のべん毛を対象に、その構造や機能の解析を行った。磁性細菌は海、池、湖、川などに広く生息しており、細胞内に微小な磁石(マグネットソーム)をもっている。この磁石を使って、自分の好む酸素濃度の低い場所を探すと考えられている。

MO-1の菌体は2μm×1.5μmほどの大きさで、細胞の両端に「べん毛が束ねられ、鞘に包まれた器官」を1本ずつもつ。「MO-1は、フランスのLong-Fei Wu博士らが、地中海沿岸の泥の中から2009年に発見・単離したもの。博士らは、その構造解析を私たちに依頼してきたのです。はじめはそれほど興味をもっていませんでしたが、このべん毛を使って毎秒300μmという超高速で泳ぐことを知り、高速遊泳を可能にするしくみを知りたいと考えました。」と加藤助教。毎秒300μmとは、サルモネラ菌や大腸菌の遊泳速度の実に10倍にも達する速さだという。

Ruan研究員と加藤助教らは「クライオ電子線トモグラフィー」という手法を用いて、束になったべん毛と、その根元の基部体、つまりモーターの構造を解析した。「まず、7本のべん毛繊維と多数の微小繊維が束ねられ、その束がほどけないよう、編みタイツのような構造をもつ鞘に包まれていることがわかりました。微小繊維の直径はわずか約2 nmで、直径17 nmという小さな基部体を持つこともわかりました。」と加藤助教。

さらにモーター部分を詳しく調べたところ、7個のべん毛モーターが六方格子状に配列し、24個の微小繊維の基部体と互いに連結され、それぞれのべん毛モーターを6個の微小繊維の基部体が囲むように規則配列していることも明らかになった。

「このように、複数の回転モーターが規則正しく配された運動器官をもつ生物は知られておらず、驚くべき発見でした。べん毛繊維を束にして密に拘束すれば、同じ方向に回転しているべん毛繊維どうしの摩擦抵抗により、高速回転による高速遊泳は難しくなるはずです。ところが今回の解析により、それぞれのべん毛繊維を微小繊維が囲っていて、互いのべん毛繊維は接触しないことがわかりました。おそらく、微小繊維がべん毛繊維と逆方向に回転することで摩擦抵抗を大幅に軽減しているのでしょう。これこそが、高速で遊泳できるメカニズムだと考えています」。加藤助教は、そうコメントする。

電力不足が深刻化している日本において、省エネ技術の開発は悲願となっている。加藤助教は「べん毛モーターは直径45 nmほどの極小のモーターですが、その回転速度は2万 rpmと、F1レースカーエンジンのモーターに匹敵します。しかも、エネルギー変換効率がほぼ100%と超高性能です。べん毛モーターのしくみがわかれば、エネルギー変換効率の高いモーターやデバイスの開発が可能かもしれません」とも話す。

今回の成果は、単純な微生物にも、きわめて高度かつ複雑に制御された構造やしくみがあることを示した。「単細胞生物と多細胞生物、あるいは原核生物と真核生物の垣根は、予想外に低いのかもしれません。私は、さまざまな生体メカニズムを、簡単に、短期間で、分子レベルで解析できる系を開発し、未解明なしくみにせまりたいと考えています。将来的には、それらのメカニズムを模倣した産業用や医療用のナノマシンを開発するのが夢です」。そう話す加藤助教の研究は、これから本番を迎えることになる。

西村尚子 サイエンスライター

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