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細胞質で成熟したmiRNAが、再び核内へ輸送されうることを証明!

2013年1月24日

東京大学大学院 大学院理学系研究科 生物化学専攻
程 久美子 准教授

ヒトの培養細胞において、TNRC6Aタンパク質を緑色の蛍光で、miR-21というmiRNAを紫色の蛍光で標識した。TNRC6Aタンパク質もmiRNAも、細胞質から核へ移行し、核内にとどまることがわかった。 | 拡大する

かつて、研究者の多くが「ゲノムのがらくた」としたncRNAだが、今や最も脚光を浴びる研究テーマの一つになっている。なかでも、21〜22塩基対の小さなRNA(miRNA)は、発生、分化、代謝、ウイルス耐性、発がんなどの、実に多彩な機能をもつことがわかってきている。いずれの機能も、miRNAが細胞質で発揮するものと考えられてきたが、このほど、東京大学 大学院理学系研究科 生物化学専攻の程 久美子准教授らは、あるタンパク質の機能を解析することで、miRNAが核内においても機能しうることを突き止めた。

miRNAはヒトを含む多くの生物種でみられる。機能を発揮するまでには何段階かのステップが必要で、まず、核内において、ゲノムから転写された長いprimary miRNAが作られる。つづいて、同じ核内で切断され、細胞質へと運ばれる。細胞質では、さらに切断され、ようやく成熟したmiRNAとなる。成熟したmiRNAは、Agoタンパク質やAgo結合タンパク質といった複数のタンパク質と複合体(RISC)を形成し、自らの配列の一部と相補的なmRNAと結合することで、相手のmRNAの分解や翻訳抑制を引き起こす。この現象は「RNAサイレンシング」とよばれ、細胞質のみでおきるものとされてきた。

一方、miRNAの輸送については、多くの謎が残されていた。「核から細胞質へ輸送」については、Exportin 1というタンパク質の関与が示唆されていたものの、Exportin 1は直接miRNAと結合しないことから、他の因子が介在するのではないかとされていた。逆ルートの「細胞質から核内への移行」については、そのようなしくみがあるのかどうかを含め、ほとんど未解明だった。

今回、程 准教授らは、細胞質から核内への輸送機構があるのかどうかを詳しく検証した。「miRNAが核内に移行するとしたら、何らかのタンパク質が関わっているだろうと考えました。そこでまず、RNAサイレンシングに関わるタンパク質で、核内へ移動できるタンパク質の特定を試みました」と程 准教授。核外移行を抑制する試薬を用いた実験により、TNRC6Aというタンパク質が候補にあがってきたという。

TNRC6Aタンパク質はRISCを構成するタンパク質の一つで、Agoタンパク質と結合することや、翻訳抑制に関わること知られていたが、核・細胞質間の輸送との関連については報告がなかった。程 准教授らはこのTNRC6Aタンパク質に着目し、細胞内での局在をみることで輸送機能があるかどうかを調べた。「その結果、TNRC6Aタンパク質のアミノ酸配列には、核から細胞質への移行と、細胞質から核への移行の両方のシグナルがあることがわかりました」と程 准教授。それぞれの移行シグナルのアミノ酸配列に変異を入れる実験も行い、たしかに輸送機能をもつことを確かめたという。

さらに程 准教授らは、TNRC6A タンパク質中の「Agoタンパク質と相互作用するドメイン」を欠失させる実験も行った。「その結果、TNRC6A タンパク質は、Agoタンパク質と直接、相互作用することでmiRNAを核内へ連れていくことがわかりました」と話す。

一連の結果は、TNRC6A タンパク質が、miRNAの「核から細胞質への輸送」において予想されていた「別の介在因子」であり、Agoタンパク質と結合することで「細胞質から核への輸送」をも担っていることを明確に示すものとなった。つまり、TNRC6A タンパク質にはRNAサイレンシングだけでなく、輸送タンパク質としての機能もあったことになる。

核内に輸送されたmiRNAの機能について程 准教授は、「核内のRNAに対するサイレンシング、たとえば、プロモーター領域から転写されたRNAの発現の抑制、イントロン部位への結合によるスプライシングの制御などに関わっている可能性が非常に高いと思います」としたうえで、「クロマチンへの直接作用といった未知の機能もあるかもしれません」とコメントする。

今後は、miRNA-Ago-TNRC6A複合体の構成因子を網羅的に解析することで、核内へ運ばれたmiRNAの機能解明を急ぎたいとし、「核内において特定の遺伝子をノックダウンできるようになれば、新たな概念の創薬なども可能かもしれません」と話す程 准教授。さらなる成果を期待したい。

西村尚子 サイエンスライター

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