Nature Careers 特集記事

ES細胞とiPS細胞から作り出した卵子を用いて、 正常なマウスを生ませることに成功!

2012年12月13日

京都大学大学院 医学研究科 機能微細形態学教室
斎藤通紀 教授

ES細胞から作り出した卵子と、それらを野生型雄の精子と体外受精させて得られたマウスの子。 | 拡大する

2012年のノーベル医学生理学賞が、京都大学iPS細胞研究所の山中伸弥 所長に授与され、さらに活気づいてきたiPS細胞研究。このほど、同大学大学院 医学研究科 機能微細形態学教室の斎藤通紀 教授らは、マウスのES細胞とiPS細胞からそれぞれに卵子を作り出し、野生型マウスの精子と体外受精させることで正常なマウスを生ませることに成功した。これらのマウスは正常に成長し、生殖能力をもつこともわかったという。

体を構成するあらゆる細胞に分化しうるES細胞とiPS細胞だが、卵子への分化メカニズムには未解明の点が多く残されていた。斎藤教授らは、2011年に、マウスのES細胞やiPS細胞から「生殖細胞の元になる始原生殖細胞に似た細胞(PGCLCs)」を誘導する方法を開発。PGCLCsは、そのままでは培養1週間程度で発生が止まるが、斎藤教授らは新生仔の精巣に移植することで精子に分化させ、それらを野生型マウスの卵子と人工受精させることで正常なマウスを得た。

「始原生殖細胞は、精子と卵子両方の前駆細胞。精子ができたのであれば、卵子もできるはずと考えました」と斎藤教授。今回もまず、精子を作成したときと同様にES細胞とiPS細胞のそれぞれ(ただし、精子の場合とは異なり、メスのES細胞とiPS細胞を用いた)を、特定のサイトカイン(ActivinやFGF)でエピブラスト様の細胞に誘導。つぎに、それらを別のサイトカイン(BMP4など)でPGCLCsに誘導したという。「工夫したのはその後で、PGCLCsを将来卵巣となる体細胞(胎児卵巣由来)とともに培養しました。こうすることで、PGCLCsは、試験管内で再現された胎児卵巣用組織の中で発生することになります。この組織を免疫抑制したマウスに移植したところ、4週間ほどで卵子ができました」と話す。

さらに、これらの卵子を培養皿上で成熟させたうえで野生型雄マウスの精子と体外受精させ、2細胞期にまで発生した胚を雌マウスの卵管に移植したところ、正常なマウスを生ませることができたという。「生体内の始原生殖細胞をこの細胞と共培養すると卵子が形成されることが知られおり、今回、培養皿上で作ったPGCLCsにおいても検証したというわけです」と斎藤教授。胎児卵巣の体細胞の分子レベルの作用はよくわかっていないが、始原生殖細胞の発生を支持し、X染色体の再活性化、刷り込み遺伝子の消去、減数分裂への移行などを促進するのではないかと考えられている。

今回の成果について斎藤教授は、「ES細胞由来でもiPS細胞由来でも、得られた卵子が精子と受精する割合は、野生型の精子と卵子の受精率に匹敵するほど高かったです。ただし、ES/iPS細胞由来の卵子は、受精後の第2減数分裂で異常を呈する割合が高く、個体にまで発生・分化するのは、野生型同士における確率の3分の1から4分の1ほどでした」と分析する。第2減数分裂で異常を呈する理由として、発生・分化の際に必要なエピゲノムの制御が異常だった可能性などが考えられるが、詳しい解析は課題として残されている。

斎藤教授による一連の成果は、ヒトの発生・分化のメカニズム解明や不妊の原因解明などの生殖医学にも応用されうる。「そうした観点から、ヒトiPS細胞からヒト卵子を誘導する研究はとても重要です。しかし、そこからヒトの子を得るかどうかという点は、科学的にも倫理的に極めて難しい問題で、現在は法律で禁止されています。生殖医療を今後どのように発展させるべきかに関しては社会全体で慎重な議論が必要な問題だと考えています」と斎藤教授。自身は、生殖細胞の研究をさらに進めるとともに、生殖細胞の研究を通して、幹細胞や前駆細胞の増殖・分化を制御する手法を開発すべく研究を続けたいとしている。

西村尚子 サイエンスライター

「特集記事」一覧へ戻る

プライバシーマーク制度