腸管での免疫機構と腸内細菌のバランス、疾患との関係を探求
2012年9月27日
独立行政法人 理化学研究所
免疫・アレルギー科学総合研究センター 粘膜免疫研究チーム
シドニア・ファガラサン チームリーダー

ヒトの腸は食べ物や外界からの病原菌などの異物に常にさらされている。しかし、腸管免疫はこのような宿主にとって排除するべきものと許容するべきものを選択しながら、500~1000種類、約100兆個といわれる腸内細菌ともバランスを保っている。この腸管免疫のシステムの調子が悪くなると、炎症性腸疾患や自己免疫疾患、食物アレルギーなどが起こることが知られている。ただ、その詳細には未解明な部分が多い。
独立行政法人 理化学研究所 免疫・アレルギー科学総合研究センター 粘膜免疫研究チームのシドニア・ファガラサン チームリーダーらのグループは、腸内細菌と免疫や病気の関係の探求に取り組み、近年、主にリンパ球の一種であるT細胞の腸管におけるふるまいについて、新しい知見を次々と報告している。
T細胞は、骨髄で前駆細胞が作られ、その大部分は胸腺で、①ウイルスなどを殺すキラーT細胞、②抗体(免疫グロブリン)を産生するB細胞などを活性化するヘルパーT細胞に分化して成熟細胞となる。
抗原からの刺激を受けたB細胞は、末梢のリンパ組織内に“胚中心”を形成し、体細胞突然変異を誘導して、刺激となっている抗原に新しく結合できるB 細胞へと変化する。また、その際にB細胞が産生する抗体の型(クラス)がIgMから、IgG、IgE、IgAなどに変わる(クラススイッチ)も起こる。この過程においてヘルパーT細胞の補助が非常に重要な役割を果たしており、T細胞の補助が十分に得られない不完全なB細胞は胚中心内で死ぬように選択される。
腸管では “パイエル板”という絨毛を持たない平板な組織に胚中心は誘導され、ここで腸管に大量に分泌されるIgA抗体が産生される仕組みになっている。
ファガラサン チームリーダーやチームメンバーの河本新平研究員らは、このほどヘルパーT細胞に発現している免疫抑制因子PD-1が腸管粘膜で働くIgA抗体の質の維持に関わり、腸内細菌のバランス調節に大きな役割を果たしていることを明らかにした。
これまでにPD-1ノックアウトマウスは自己免疫疾患を発症すること、また、PD-1ノックアウトマウスから腸内細菌を除くと自己免疫疾患を起こさないこと、さらに、胚中心でB細胞がIgA抗体を産生する際に働く酵素AID(activation-induced cytidine deaminase)を欠損したPD-1ノックアウトマウスでは、自己免疫疾患が起きないことが知られており、「PD-1ノックアウトマウスで産生されるIgAが腸内細菌や自己免疫疾患に何らかの影響を及ぼしているのではないかと考え、PD-1とIgA抗体を軸に、腸内細菌と免疫系、自己免疫疾患の関係を調べることにした」(ファガラサン チームリーダー)。
同チームでは、まず、PD-1ノックアウトマウスと野生型マウスの腸内細菌の構成を比較。すると、PD-1ノックアウトマウスでは善玉菌として働くビフィズス菌が検出限界近くまで減少し、大腸菌などの悪玉菌が野生型マウスの400倍となっていた。この理由を探るため、IgA抗体とIgA抗体を産生するB細胞を調べたところ、PD-1ノックアウトマウスでは、IgA抗体の産生量やB細胞の数は野生型マウスと変わらないにも関わらず、IgA抗体の腸内細菌への結合力が落ちていることがわかった。そこで、パイエル板を詳細に検討すると、PD-1ノックアウトマウスでは胚中心が大きくなり、ヘルパーT細胞が3倍に増加していた。
「PD-1はヘルパーT細胞のブレーキの役割をしており、PD-1ノックアウトマウスではヘルパーT細胞が多くなったために過剰にB細胞を補助してしまい、淘汰されるべき不完全なB細胞が残って、結合力の落ちたIgA抗体が増え、腸内細菌のバランスが悪くなったと考えられる」とファガラサン チームリーダーは話す(図参照)。
また、全身の免疫も影響を受け、炎症を起こすサイトカインを産生するヘルパーT細胞が4倍に増加、腸管以外の胚中心とT細胞やB細胞の数が増え、本来は血中には存在しないはずの腸内細菌に対するIgG抗体が血中から検出された。これは、本来腸管内に留められるべき腸内細菌が血中に漏れ出ていることを意味しており、「腸管でできるIgA抗体の質が悪いと腸管粘膜のバリアが落ち、全身の免疫に影響する。この仕組みが自己免疫疾患を発症・増悪する因子になると推測している」。実際にヒトのIgA抗体の欠損症では自己免疫疾患を起こしやすいことが最近わかってきており、その原因解明にもつながっていく成果といえるだろう。
通常、免疫の研究では、人工的な抗原刺激により人為的な免疫応答を誘導して観察することが多いが、腸管は常に腸内細菌や異物の刺激を受けているために刺激が始まる時期が不明で、観察期間が設定しにくく、抗原の特定も難しい。同チームの研究ではマウスの腸管を部位別に分け、腸内細菌を含む内容物を調べ、必要な免疫細胞を準備する。同時に胸腺や脾臓、血液などの変化も観察し、全身の免疫との関係をみる。いったん実験が始まると12時間は続く。また、免疫細胞を取り出して観察する技術を習得するまでには1年間くらいの鍛錬が必要だという。「手間はかかるが、それでも腸管や全身の免疫と腸内細菌の研究は魅力的」。
ファガラサン チームリーダーは故郷のルーマニアで消化器内科医を経て免疫学の研究者となり、京都大学大学院医学研究科の本庶 佑客員教授との出会いから、1998年に来日して京大の研究室に加わった。「陶器が好きで、考古学に興味を持ち、人を助けたいという思いから、やりたいことを続けて来たらこうなった。腸管免疫の研究は、小さなピースを発見し、そこから大きなシステムやプロセスを考える点で、私の好きな考古学と似ている」と笑う。生物は進化の初期から腸管免疫を発達させ、腸内細菌と共存する道を歩んできた。我々はどのように腸内細菌と共存関係を維持しているのか、という疑問の解決に向けて、これからも研究は続いていく。
小島あゆみ サイエンスライター