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体内時計の鍵となる新たな遺伝子を発見!

2007年8月10日

理化学研究所 発生・再生科学総合研究センター
システムバイオロジー研究チーム
上田 泰己 チームリーダー

野生型(上)およびcwo遺伝子変異体(下)ショウジョウバエの行動パターン。黒い部分は活動が観察された時間帯を示す(横軸は時間)。野生型では12時間周期の明暗条件下(LD)および恒暗条件下(DD)のいずれにおいても、日出、日没に対応する時間帯に活動が活発になる24時間周期を示す。cwo遺伝子変異体では、行動リズムの周期が、24時間よりも大幅に長くなる異常が見られた。 | 拡大する

徹夜や時差のある国への旅行によって、1日の生活リズムが大きく狂ってしまうのは、私たちの体内に24時間周期でリズムを刻む時計があるからである。体内時計は「時計遺伝子」と総称される複数の遺伝子によって機能すると考えられているが、このほど、理化学研究所 発生・再生科学総合研究センターの上田泰己チームリーダー(TL)らのグループは、ショウジョウバエを使って、その鍵となりうる新たな遺伝子を発見した。

体内時計のシステムは、バクテリアからショウジョウバエ、マウス、ヒトに至るまで多くの生物種にあり、24時間周期の生体リズムを作り出している。ヒトでは、睡眠や覚醒などに深く関与し、さまざまな生理機能に影響を与えている。これまでに、ほ乳類では約20の時計遺伝子候補が同定されており、そのうち朝、昼、晩にそれぞれ発現する計3つの遺伝子のある配列(制御配列)が体内時計の中核を担っているとの説が有力だが、完全な証拠は得られていない。

上田TLらは、これまでの研究で得られたデータをもとに、ショウジョウバエの頭部において24時間周期のリズムで発現している遺伝子を200個突き止め、そのうち137遺伝子についての変異体を作り出した。次に、RNAi技術(in  vivo RNAi)を用いて、脳内の時計組織(24時間周期の行動リズムを制御する神経細胞群)におけるそれぞれの遺伝子の発現を抑制して解析したところ、5つの遺伝子が時計遺伝子の候補として残った。さらに、そのなかで体内時計への影響が最も大きかったcwo遺伝子を「チップ・オン・チップ」という手法を用いて解析した結果、この遺伝子が自分自身やほかの時計遺伝子を制御していることが明らかになった。

cwo遺伝子の「cwo」は「Clockwork Orange(時計じかけのオレンジ)」の略。この遺伝子に「オレンジドメイン」とよばれる配列が含まれていたことから、アンソニー・バージェスによる原作をスタンリー・キュービックが監督した『時計じかけのオレンジ』という映画にちなんで、遺伝子にも同じ名前が付けられたという。「cwo遺伝子は、ヒトで体内時計に関与するとされているDec1、Dec2、Hes5の3遺伝子と似た配列だった。ほ乳類のDec1遺伝子とDec2遺伝子は、体内時計の中枢(視交差上核)で約24時間ごとに発現しており、時計遺伝子の転写を抑制することがわかっている」と上田TL。

体内時計の研究の歴史は古く、始まりは植物の概日リズムの認識にあるという。1960年代には、体内時計の特徴が生理学的な実験によって定量的に測られたが、そのシステムについては未解明だった。1980年代に入ると、分子生物学的な手法によって体内時計システムを構成するさまざまな分子が明らかにされるようになった。「現在は、これまでの成果から定量的な性質をボトムアップに理解し、体内時計システムの設計原理を分子レベルで解明する段階にきている」と上田TL。cwo遺伝子の発見は、その重要な鍵になると思われる。

ハエは、24時間の中で「活発に活動する時間帯」と「あまり活動しない時間帯」が周期的に現れる行動リズムをもつが、cwo遺伝子の変異体ショウジョウバエでは、24時間の周期が約26時間にまで伸びたり、周期性が完全になくなったりしたという。ヒトでも、体内時計の乱れによると思われるリズム障害が報告されているが、上田TLは「cwo遺伝子に相当するヒトの遺伝子がリズム障害との関連するかどうかは、今後の解析に委ねられることになるが、リズム障害の診断や治療標的の候補にもなりうる」とコメントする。

23億年程前に誕生したとされるシアノバクテリアにも体内時計があることから、体内時計の起源はきわめて古いと考えられる。「生命は、約24時間周期の地球の自転サイクルに影響を受けて、進化の過程で体内時計を獲得したのだろうといわれている。ただし、興味深いことに動物、シアノバクテリア、植物のそれぞれの体内時計をつくるために機能する遺伝子群はそれぞれ異なっている。おそらく、進化の過程で何度も、新たな時計が発明されていったのだろう」と上田TL。

「これまでの仮説を含め、体内時計システムが完全に解明されるかどうかは、体内時計が再構成できるかどうかにかかっている」。そう考える上田TLは、同定されてきた分子や明らかにされた原理を検証することで、体内時計の少なくとも一部を再構成したいとしている。ヒトは夜になるとなぜ眠くなるのか。誰もが抱く素朴な疑問に答えが見つかる日は遠くないようだ。

西村尚子 サイエンスライター

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