よく似た2つの転写因子が正負の協調を行うことで、24時間の生体リズムを刻んでいた!
2012年8月9日
千葉大学大学院
園芸学研究科 応用生命化学領域
華岡 光正 特任准教授

地球の自転による昼夜のリズムが24時間周期であるかぎり、生物の生理活性も24時間周期で刻まれる。こうした現象は「概日リズム」とよばれ、そのリズムを作るために機能する遺伝子は「時計遺伝子」と総称される。このほど、千葉大学大学院 園芸学研究科 応用生命化学領域の華岡光正 特任准教授らの研究チームは、シアノバクテリアにおいて「時計の針」として機能する遺伝子が、よく似ていながら真逆の役割を果たす2種類の転写因子を介し、さまざまな遺伝子の発現リズムを作り出していることを突き止めた。
徹夜や時差のある国への旅行によって、1日の生活リズムが大きく狂ってしまうのは、私たちの体内で24時間周期をつくる時計遺伝子がはたらくためだといえる。体内時計のシステムは、ショウジョウバエから、マウス、ヒトに至るまで多くの生物種にあることが確かめられており、ほ乳類では約20の時計遺伝子候補がリストアップされている。
原核生物では、約32億年に誕生したとされるシアノバクテリアに時計遺伝子があることが知られる。シアノバクテリアは光合成を行う細菌で、葉緑体の祖先と考えられている。「これまでに、シアノバクテリアの概日リズムがKaiA、KaiB、KaiCという3種の時計遺伝子から作り出されること、これらの遺伝子が刻む時計に従って、全遺伝子(約3000)中の4分の1が24時間周期の発現パターンを示すことはわかっていましたが、両者をつなぐしくみが未解明でした」と華岡准教授。
今回、華岡准教授らは、最近になって、体内時計に従ってはたらくと報告されたRpaAと、その相同タンパク質であるRpaBという2種の転写因子に注目した。RpaAは、欠損するとkaiBやkaiCの発現がなくなることがわかっている。一方のRpaBは、「強い光ストレスの応答に関わる転写因子である」と報告されているものの、生育に必須なために変異株が得られず、機能解析が進んでいなかった。
「これまでの報告から、RpaAが時計遺伝子の発現を活性化する正の転写因子としてはたらくことは確実でした。そこで私たちは、RpaAが直接遺伝子と結合することで正の機能を果たすのか、RpaA に似たRpaBにも、体内時計に関与した何らかの機能があるのかという点を明らかにしようと考えました」。華岡准教授はそう話す。
まず、DNAとタンパク質の結合を調べるゲルシフト解析と、クロマチン免疫沈降法(ChIP)を用いて、RpaAの活性リズムと同期する遺伝子を洗い出し、両者が結合したところを検出しようとした。「すぐにみつかるかと思ったのですが、予想に反し、RpaAと結合する遺伝子はみつかりませんでした」と華岡准教授。
そこで、RpaAの相同タンパク質であるRpaBでも同じ実験を試みることにしたという。「実験の結果、24時間周期で発現する遺伝子の上流には、RpaBと結合する部位があることがわかりました」と華岡准教授。さらに、RpaBは夜間に遺伝子に結合し、その遺伝子の発現を抑制する「負の転写因子」として機能することも突き止めた。
話を整理すると、シアノバクテリアでは、KaiA、KaiB、KaiCという3種の遺伝子が「時計の針」として時を刻み、その時間情報に従って、昼間はRpaAが遺伝子発現を活性化する。ところが夜間になると、RpaBが遺伝子発現を抑制するようになる。「両者が協調的にはたらくことが、24時間周期の遺伝子のオンオフのリズムを作り出しているのでしょう」。華岡准教授は、そうコメントする。
今回の成果は、シアノバクテリアを対象に遺伝子発現制御の解明を進める東京工業大学 資源化学研究所の田中 寛 教授、体内時計研究の第一人者である名古屋大学 大学院理学研究科の近藤孝男 教授、シアノバクテリアの時計遺伝子の探索を進める一方で、そのコロニーが時間を追って作り上げる空間パターンの解明を行う早稲田大学理工学術院の岩崎秀雄 教授ら、総勢9人での共同研究によるものである。
「田中先生にはシアノバクテリアの遺伝子解析について、近藤先生や岩崎先生には体内時計のイロハから丁寧に教えていただきました。研究室を行き来して実験と議論を繰り返し、時間はかなりかかりましたが、最後に形になったことは、共同研究の大きな収穫でした」。華岡准教授は、そう話す。
華岡准教授は、今回のような正負の転写因子の協調によるリズム形成が、他の生物にもみられるのではないかと考えている。そのうえで、今回のような研究が、より高効率の光合成や二酸化炭素固定の実現、バイオ燃料、睡眠障害の新薬開発などに幅広く応用されることも期待できるとしている。「体内時計機構の進化や、多様な環境下で時計を動かす生物学的な意義を考えつつ、その制御メカニズムの全体像に迫りたい」。そう意気込む華岡准教授の研究は、まだまだ続く。
西村尚子 サイエンスライター