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マクロファージの機能が温度センサーによって調節されていることを証明

2012年7月26日

自然科学研究機構 生理学研究所 細胞生理研究部門
(岡崎統合バイオサイエンスセンター)
富永 真琴 教授、加塩 麻紀子 研究員

TRPM2強制発現細胞では、過酸化水素を処置しないと体温よりも高い48℃前後でしか活性化しない(細胞内のカルシウム濃度が高くならない)が、過酸化水素を処置すると平熱(約37℃)付近で活性化する(図左)。また、野生型マウスの腹腔内マクロファージでは過酸化水素によって温度に対する反応が増大するが、TRPM2ノックアウトマウスのマクロファージではその反応の増大が見られない。 | 拡大する

「風邪をひいて熱が出たときには熱を無理に下げないほうがいい」などと聞くことはないだろうか。人体が中枢の指令で体温を上げる仕組みは明らかになりつつあるが、体温と免疫機能の関係はこれまで知られていなかった。このほど自然科学研究機構 生理学研究所 細胞生理研究部門の富永真琴教授、加塩麻紀子研究員らの研究グループは免疫細胞の一つであるマクロファージが温度センサーtransient receptor potential(TRP)チャネルによって調節され、発熱しているときにはマクロファージの活性が上がることを発見した。

温度センサーTRPチャネルは現在9種類が知られており、17℃から52℃くらいまでの、それぞれの閾値内の温度になると細胞膜上のTRPチャネルが開き、細胞内にイオンを通す。最初に見つかったTRPV1は、1997年に富永教授らがマウスの遺伝子単離に成功したもの。ヒトでも感覚神経や脳にあり、43℃が活性化の閾値で、唐辛子の辛みのもとであるカプサイシンの受容体でもある。そのため唐辛子が入った食べ物を食べると熱いと感じるわけだ。また、感覚神経や前立腺にあり、25~28℃あたりで活性化するTRPM8はメントール受容体で、ミント系の食べ物によって涼感がもたらされるのはTRPM8の働きによる。

今回の研究で加塩研究員らが注目したのは、免疫細胞や脳、膵臓に存在するTRPM2。温度による活性化のメカニズムは不明だった。加塩研究員は発熱と免疫、低体温と免疫の関連に興味を持ち、異物や病原体を貪食し、過酸化水素を産生して殺菌するマクロファージ(貪食細胞、大食細胞)とこのチャネルの関係を調べることにした。なお、富永研究室では2006年に膵臓でTRPM2が温度を感じてインスリンの分泌を促すことを報告し、2011年にノックアウトマウスを使ってそのことを個体レベルで確かめている。

加塩研究員は、マクロファージが産生する過酸化水素がTRPM2の機能を変えるのではないかと予測した。そして、実際にTRPM2を強制発現させた培養細胞を平熱域(約37℃)に置いたとき、そのままでは反応せず、過酸化水素をかけると反応することを確かめた。

その後、この作用には過酸化水素によるTRPM2の活性化温度閾値の変化が関わることを証明した(図左)。また、メチオニン残基をアラニンに置換した変異体ではこの閾値の変化が消失することから、このメチオニン残基(M214A)の酸化が鍵を握ることも見つけた。つまり、マクロファージが異物を貪食すると同時に産生される過酸化水素がTRPM2を酸化し、それによってTRPM2の活性化温度閾値が下がり、平熱付近でも活性化するということだ。

さらに、野生型マウスのマクロファージでみられる過酸化水素による温度に対する反応の増大はTRPM2ノックアウトマウスのマクロファージでは見られない(図右)。このTRPM2の働きによってマクロファージの活性が発熱域でより上昇することから、TRPM2が体温や過酸化水素濃度を感じてマクロファージの働きを調節するスイッチとなっていることもわかった。「これは感染したときに発熱によって免疫力を上げるメカニズムの一つなのかもしれない」と加塩研究員は話す。

富永研究室ではTRPチャネル群を“進化”という切り口でも研究している。地球の温度変化のダイナミズムに応じて、生物の温度センサーも変化していると考えられるからだ。これまでの研究から、トカゲなどの変温動物とマウスやヒトを比較するとTRPチャネルのいくつかは種を超えて保存されており、一方で、同じTRPチャネルでも活性化する温度閾値が種によって異なることが見えてきたという。

温度と生理学をキーワードにさまざまな研究を行っている富永教授は「“温度生物学”という、世界にも類がない新しい領域を作りたい」と意気込む。同研究所では8月8~10日には温度生物学のサマースクール(今回の参加申し込みは締め切り)が、また9月4~5日には同研究所主催の「温熱生理研究会」が岡崎コンファレンスセンターで開催される(申し込み受け付け中)。生命現象を“温度”で捉え直すことで新たな世界が見えてくることが期待される。

小島あゆみ サイエンスライター

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