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末梢神経が切断されると、神経回路が速やかにつなぎかえられる!

2012年7月12日

東京女子医科大学 医学部 生理学
宮田 麻理子 教授

末梢神経の損傷後、速やかにつなぎかえられる神経回路。 | 拡大する

脳の機能はニューロンどうしが結びつき、精緻な回路を構築することで発揮される。たとえばヒトの場合、前頭葉の左半球に言語の回路(ブローカ野)、頭頂葉に触覚や痛覚に関与する回路(体性感覚野)が存在する。このように、特定の機能を司る回路が脳の特定の場所に存在することを「機能局在(脳地図)」といい、ブロードマンやペンフィールドらによって明らかにされてきた。このほど、東京女子医科大学 医学部 生理学の宮田麻理子教授は、手足などにある末梢感覚神経が切断されると、きわめて早い時期に回路のニューロンがつなぎかえられ、機能局在も変化することを明らかにした。

日本では、交通事故などで手足を失う人が年間5000人に上るが、その多くが1週間以内に、失った手足がまだ存在するように感じ、激しい痛みを訴えるようになるという。「幻肢痛」とよばれるこうした病態は、末梢神経が切断されたことで脳地図が変化したためにおきるとされてきたが、その詳細なメカニズムは不明のままだった。

これまで宮田教授は、小脳のプルキンエ細胞や視床を介した感覚系を対象に、脳の可塑性について研究を続けてきた。今回は、マウスの髭にある感覚神経を完全に切断し、その投射先である視床部でおきる変化を、独自に開発したスライス標本の手法(スライスパッチクランプ法)を用いて詳細に解析。「ニューロンのレベルで何がおきるのかを、神経回路を同定しつつ、時系列を追って調べました」と話す。マウスにとっての髭は、ヒトの手に匹敵する感覚器で、外界の状況を探るための重要な機能を担っている。得られた情報は、目の下を通る感覚神経、三叉神経核の内側毛帯線維、視床を経て大脳皮質に伝えられる。

実験では、視床のニューロンに情報を伝える内側毛帯線維のみを選別し、その入力本数と情報伝達様式について解析した。「結果は予想外のものでした。正常な視床のニューロンは、1本の内側毛帯線維からのみ入力を受けます。感覚神経を切断したマウスでは、切断後6日目というきわめて早い段階で、複数の新たな線維から入力を受けるようになり、視床の神経回路が大きく改編されたのです」と宮田教授。このことは、損傷後すみやかに神経回路の配線がつなぎかえられることを示している。

さらに宮田教授は、新たに作られた内側毛帯線維がシナプスを形成して視床のニューロンとつながること、これらの新しいシナプスには、成長期のみにみられる特殊な神経伝達物質(GluA2)の受容体が発現し、あたかも成長期のシナプスのようにふるまうことも明らかにした。

一連の結果は、「神経が損傷しても、回路は簡単にはつなぎかえらず、何年も経た後に不可逆的なつなぎかえが生じる」との従来の仮説を根底から覆すものだった。「損傷後のきわめて早い時期に回路のつなぎかえがおきることは、適切なリハビリを早期に始めることで幻肢痛を防いだり、治療したりできる可能性を示しています」。そう話す宮田教授は、今回の研究をさらに発展させ、早急に以下の2つのことを実現したいとする。一つは、神経損傷によるどんな変化が改編スイッチをオンにするのか、その分子メカニズムに迫ること。もう一つは、遺伝子改変技術により、内側毛帯線維の変化を生きたまま、長期間観察できるようにすることだ。

「おそらく、正常な脳内でも、ある程度の回路のつなぎかえがおきていると思いますが、現状ではそれを観察する技術がないのです」とする宮田教授。研究がうまくいけば、打つ手のない幻肢痛の新たな治療法がみえてくるだけでなく、正常な脳回路形成に秘められた未知のしくみがあぶりだされるかもしれない。

西村尚子 サイエンスライター

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