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ブレイン・マシン・インターフェイスで脳に重度損傷のある患者さんに恩恵を

2012年5月24日

大阪大学大学院医学系研究科 吉峰 俊樹 教授
(同大学医学部附属病院未来医療センター センター長)

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脳から、あるいは脳へ、器械との間で直接信号をやりとりして、脳神経の機能を補完するブレイン・マシン・インターフェイス(BMI:brain machine interface)は1990年代後半ごろから、米国を中心に研究が盛んになってきた。日本でも、脳や神経の病気の患者さんの治療法の開発を目指した研究が進んでいる。

大阪大学同大学大学院医学系研究科の吉峰俊樹教授と平田雅之特任准教授(同大学医学部脳神経外科)は、脳腫瘍や慢性疼痛、てんかんなどの患者さんの知見を応用し、運動機能やコミュニケーション機能を補完するBMIの開発を進めている。

脳の活動や機能に関する情報を脳から得る手段としては、脳の電気信号を調べる脳波、磁気を調べる脳磁図、血流を見るfMRI(機能的核磁気共鳴)やNIRS(近赤外分光法)などがある。このうち吉峰教授らが主に利用するのは、開頭手術を経て、脳表面の一部に電極シートを貼り、電気信号を捉える脳表脳波。侵襲が大きいというデメリットがあるが、頭皮に電極を付ける頭皮脳波や他の手段に比べ、格段にノイズが少なく、精度が高いのが特徴だ。

脳表面ではすでにどのような機能がどこで行われているかが特定されている(脳表機能局在)。例えば、難治性疼痛やてんかんでは、異常に発火して疼痛やけいれんを起こす「焦点」の位置を脳波や脳磁図などでおおまかに見当を付け、開頭手術で切除したり、発作伝導路を遮断したりする。手術前には発火の起こる部位を少しでも細かく特定するために予備的に開頭手術を行って、脳表面に電極の付いたシートを貼り、いったん頭蓋骨と皮膚を閉じて、脳表脳波を測定しながら一定期間観察するのが信頼性の高い診断法になっている。

吉峰教授らは、この電極シートが受ける脳表脳波のデータを解析すれば、運動やコミュニケーションをしようとするとき、脳のどこが発火するかが精密にわかり、そのデータをBMIに入力することで、例えば、病気や障害で運動できない人の意思を反映し、体外のデバイスを動かせると考えた。そこで、阪大病院でこの電極シートを使う患者さん20名に観察期間である2週間の間に運動課題を行ってもらい、脳表脳波のデータを集めた。

この運動課題は、3~4秒の間隔で20~100回グー・チョキ・パーのいずれかを出す、あるいは、手を握る、つまむ、手を開くといった、体が動かせる人にとっては簡単な動作。吉峰教授らは、国際電気通信基礎技術研究所(ATR)の川人光男所長や神谷之康室長らとの共同研究で、これらの動作を行っているときの運動野の脳表脳波のα波とβ波、またγ波の律動パターンをつかむことに成功した。そして、200 msごとに連続的に脳表脳波を解読し、運動の開始時期を推定し、内容を識別して、被験者が動かしたいと考える運動をロボットハンドで再現できるようにした。

さらに、神経損傷などで腕や手が麻痺している患者さんと麻痺のない難治性てんかんの患者さんを比較し、麻痺によって運動障害が起こっている患者さんでは脳表脳波が減衰しているが、運動の推定は不可能ではないことも明らかにした。

現在、これらの研究成果を活かすべく、筋萎縮性側索硬化症(ALS)の患者さんの運動機能や意思伝達機能を補填する装置の臨床研究を阪大倫理委員会に申請している。ALSは運動神経の変性によって、運動ができなくなる難病で10万人に1~2人が発症する。手足を含め全身の筋肉が動かなくなり、進行すると寝たきりになって、呼吸筋が機能しなくなることで人工呼吸器を装着しないと死亡する。運動神経以外の神経は冒されないため、痛みなどの感覚は正常だ。「3名の患者さんに協力していただければと考えている。ALSの患者さんへの応用は世界でも初めてのため、臨床研究のゴーサインが出れば、慎重に進めていきたい」と吉峰教授。共同研究者である東京大学大学院情報学環の佐倉統教授らと行ったALSの患者団体である日本ALS協会の患者さんへのアンケート(1918名対象、有効回答数793名=41%)では、患者さん本人や介護者が会話文の作成や体位交換、緊急アラームなどをBMIに対して期待しており、ニーズに沿った機能をBMIに持たせるように研究を進めている。

また、今回の臨床試験では、研究グループで開発した2~3 mm間隔の高密度電極シートを使う予定だ。医療現場では約1.5 cm間隔に電極が付いた電極シートが使われており、新しいシートによって予備の臨床研究よりもさらに精度の高い脳表脳波を捉えることができる(図上)。

電極に関しては、他にMRIのデータを使って患者さん一人一人の脳の溝に合わせるオーダーメイドのシリコン製三次元電極も開発済みで、密着度が高まることで、より精度の高い電気信号を得られるようになる。「米国では、剣山のような多極針電極を脳に刺して信号を制御するBMIが開発されており、脊髄損傷の患者さんなどが研究に参加している。剣山タイプは微小領域の電気信号を記録できるが、一方で侵襲が大きいために脳に瘢痕ができる可能性があり、また電極の位置のわずかな変化で波形が変わってしまう。脳表での記録のほうが安全で安定していて、患者さんへの適用に向いている」と吉峰教授。

現在の脳信号の計測装置にはパソコンとの接続コードがあるが、将来的にはワイヤレスの体内埋め込み装置を使い、信号を解読用パソコンに無線で送り、ロボットアームなどを動かす構想だ(図下)。「脳に損傷がなく、脳波が出ていれば、脊髄や末梢神経、筋肉などの傷害で脳からの刺激が伝わらない人、例えば脊椎損傷や切断肢、脳卒中による麻痺の患者さんなどにも利用してもらえる可能性が出てくる」。

吉峰教授らの研究グループにはBMIを研究する研究機関や企業が集まり、オールジャパン体制で研究を進めている。開発された日本発のBMI技術の“出口”を担当する吉峰教授の研究に注目が集まる。

小島あゆみ サイエンスライター

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