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終止コドンをもたないノンストップmRNAの除去メカニズムを解明!

2012年6月14日

東北大学大学院 薬学研究科
稲田 利文 教授

ノンストップmRNAの末端で停滞したリボソームはDom34/Hbs1複合体によって解離されると、エキソソームによって速やかに分解される。 | 拡大する

ヒトの遺伝子は2万ほどしかないが、ここから作られるタンパク質の種類は、その数十倍にも達する。遺伝子がいったんmRNAに転写あとで、mRNAの一部が切り取られたり、つなげられたりといった加工(スプライシング)がなされるためだ。数百種はあるとされるヒトの細胞が、それぞれの機能を果たせるのは、このように加工されたmRNAをもとに多種多様なタンパク質が合成されるからだといえる。このほど、東北大学大学院 薬学研究科の稲田利文 教授は、転写や加工の途中でエラーをおこした「異常なmRNA」に対し、分解をうながす新たなしくみがあることを発見した。

mRNAのエラーとして最も深刻なのは、遺伝子として読み出される部位(ORF)の塩基配列に変異が入り、「遺伝子読み取りの停止」として機能する終止コドンに置き換わってしまうことだという。コドンは3つの連続した塩基からなり、それぞれが特定の1種のアミノ酸に対応している。終止コドンには対応するアミノ酸がなく、「タンパク質合成を終了させよ」という合図として機能する。DNAにおける塩基の挿入や欠失、mRNAのスプライシングのエラー等によって翻訳の読み枠がずれ、ずれたコドンがたまたま終止コドンとして機能すると、本来よりも短いタンパク質が作られてしまい、正常な活性と機能を発揮できない。遺伝病の多くは、こうした終止コドンへの置換変異が原因だと考えられている。

また、「終止コドンをもたないノンストップmRNA」や「タンパク質合成を阻害する配列をもつmRNA」などができてしまうこともあり、こうした場合もタンパク質合成が異常になってしまう。「とくにノンストップmRNAについては、正常細胞においても多く作られていることが知られ、mRNA全体の約5%に至るとされています。これらが単にエラーによってできたとは考えにくく、なんらかの機能をもつ可能性がありますが、まだ未解明です」と稲田教授。ノンストップmRNAは、正常なmRNA末端にポリ(A)鎖が付加されることでできる。mRNA上に存在する特定のシグナル配列が認識されると、転写途中のmRNAが切断され、ポリ(A)鎖の付加反応がおきるのだという。

仮に、ノンストップmRNAが何らかの機能を担っていたとしても、そのままにしておけば、タンパク質合成機構を破綻させてしまう。細菌などの原核生物では、ノンストップmRNAの末端にリボソームが停滞すると「ヒトにはない特殊なRNA」が機能し、ノンストップmRNA分解へのしくみがはたらきはじめる。

一方、ヒトなどの真核生物では、どのようなしくみでノンストップmRNAが除去されるのかが未解明のままだった。そんななか、2002年に、RNA分解研究の第一人者であるアリゾナ大学のRoy Parker教授らが、以下のような分解モデル (NonStop Decay:NSD)を提唱した。
①ノンストップmRNAの末端に停滞したリボソームを特定の因子(Ski7)が認識し、リボソームを解離させる。
②ノンストップmRNAの末端(3’ 末端)がむきだしになることで、mRNAを分解するエキソームが結合できるようになり、分解をうながす。

稲田教授もまた、出芽酵母を用いて同様の研究を進めてきた。「私の実験結果は、ノンストップmRNAの分解についてはRoy教授とほぼ一致したものの、認識機構については食い違うものでした」と稲田教授。稲田教授は停滞したリボソームがSki7によって解離されることを実証できず、別の因子が機能しているのではないかと考えた。

今回、稲田教授は、細胞内で効率よくノンストップmRNAを合成する系を開発したうえで、リボソームの解離反応を詳細に解析。「具体的には、ノンストップmRNAの翻訳産物であり、リボソームの停滞部位に結合する複合体因子(Dom34/Hbs1)に鍵があると考え、実験を進めました。その結果、この複合体が翻訳終結因子(eRF1/eRF3複合体)と相同性をもち、mRNAの特定部位に結合することでリボソームや合成途中のポリペプチド鎖(ペプチジルtRNA)を解離させることを突き止めました」と話す。Dom34/Hbs1 遺伝子の変異があると、mRNAの末端でリボソームが停滞し、それらのリボソーム内にはペプチジルtRNAが貯まっていることも確かめたという。

さらに稲田教授は、ノンストップ mRNAの末端に停滞したリボソームがDom34/Hbs1複合体によって解離されると、それが引き金となって、エキソソームによるmRNA分解が促進されることも明らかにした。「私たちは、長年の謎を解明しただけでなく、終止コドンに依存しない、Dom34/Hbs1複合体による翻訳停止の普遍的なしくみをも明らかにしたことになります」とコメントする。

今後、Dom34/Hbs1複合体の活性を制御することで、ノンストップmRNAの品質管理機構を増強したり、逆に抑制できるようになれば、遺伝病やがんなどの病態解明や治療にもつながると期待できる。「品質管理機構の理解なくして、遺伝子発現制御機構の理解は不可能。そして、遺伝子発現の分子機構を正しく理解することで、はじめて遺伝子発現を操作できるようになるはず と話す稲田教授。遺伝子発現の全体像を求めて、研究の日々が続く。

西村尚子 サイエンスライター

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