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シロイヌナズナの根が緑色にならない理由を分子レベルで解明!ブックマーク

2012年5月10日

東京大学大学院 総合文化研究科 広域科学専攻 生命環境科学系
小林 康一 助教

根の緑化を調節するしくみ。 | 拡大する

緑がまぶしい季節がやってきた。木々の葉や草は、日光にあたると緑色を増す。葉緑体の発達が促進されるからだ。ところが、根はいくら日光を当てても緑にならない。根では、葉緑体の分化を抑制するしくみがはたらくためとされるが、その分子メカニズムについてはよくわかっていなかった。このほど、東京大学大学院 総合文化研究科 広域科学専攻 生命環境科学系の小林康一 助教は、葉緑体の分化に2種の植物ホルモンが関与していること、根ではこれらの植物ホルモンによる情報伝達系が葉緑体分化を抑制していることを突き止めた。

葉緑体は、植物の細胞内に存在する細胞小器官の一つ。光エネルギーを用いて、水と二酸化炭素から糖と酸素を作り出す光合成を行うほか、窒素代謝や脂質代謝などの機能も担っている。外側は二重の生体膜に囲まれ、内部は光合成の電子伝達反応を行うチラコイドと炭素同化を行うストロマからなる。葉緑体はミトコンドリアと同じように独自のDNA をもっており、太古のある時点で「呼吸機能をもつ好気性細菌」と「光合成能をもつ光合成細菌」が共生することでできたものと考えられている。

植物にとってきわめて重要な役割を果たす葉緑体だが、一般に根には葉緑体がない。よって、玉ねぎなどを透明のポットで水栽培し、根に日光があたるようにしても根が緑色になることはない。葉緑体を対象にした研究を続ける小林助教は「葉緑体の分化は、暗い所で発芽した被子植物の子葉が光を受けて緑化する過程において、さかんに研究されてきました。ただし、多くは緑色になる『正の制御』に焦点をあてたもので、根でなぜ緑にならないのかという『負の制御』に関してはほとんど研究が進んでいませんでした」と話す。

葉緑体中の葉緑素(クロロフィル)の電子は光によって励起され、高いエネルギー状態へと移る。このクロロフィル電子は、光合成反応における電子伝達に必要不可欠な一方で、活性酸素を発生させ、タンパク質や脂質を破壊する作用ももち合わせる。「葉や茎は、カロテノイドやビタミンCなどを駆使して活性酸素から細胞を守り、傷つきやすいタンパク質を頻繁に修復しています。こうした維持管理システムには膨大な物質とエネルギーが必要とされるため、光がほとんどあたらない根に、同様のシステムを構築する価値があるとは考えにくい。私は、この点こそが、根において葉緑体の分化を負の方向に制御する理由だと考えています」と小林助教。

そこで小林助教は、シロイヌナズナの根を用いてさまざまな実験と解析を試みた。「実験にあたって、『葉緑体は、本来は、分化する方向にある』というのが、植物体としてデフォルトの状態なのではないかとの仮説をたてました。根では、このデフォルトが抑制されているために緑化しないと考えたのです」。そう話す小林助教はまず、地上部を切り離して根だけを育てると緑化することを突き止めた。一方で、「地上部から根にむかって、オーキシンという植物ホルモンが運ばれることが知られています。私たちは、切除した根にオーキシンを与えると緑化が抑制されることも明らかにしました」とも話す。

次に、オーキシンと反対の作用をもつサイトカイニンを与えるとどうなるのかを調べ、この場合には根の緑化が促進されることを確認した。そのうえで、葉緑体分化に関わる変異体を用いて、「根における葉緑体分化には、2つの転写因子(HY5とGLK2)が重要であること」、「前述の2種の植物ホルモンは、これらの転写因子に影響を与えること」を突き止めた。さらに、HY5 を欠損した変異体は根がまったく緑化しないこと、GLK2を人工的に多く作らせた植物体では根が過剰に緑化することも明らかにした。

「一連の結果は、光合成器官を失ったシロイヌナズナでは、オーキシンとサイトカイニンの制御バランスが変化し、根の『光が当たる部分』を光合成に適した構造へと変化させ、葉緑体分化を促進させることを示唆しています」と小林助教。地上部の喪失は植物にとって致命的といえる。このような危機に備えるため、植物のなかには、根や地下茎に栄養を蓄えておくものや、地下茎ネットワークで複数の地上部とつながるものがいる。小林助教は、地上部を失った際の根の緑化も、こうした生存戦略の一つではないかと考えている。

植物の半分は根であり、大きなバイオマスといえる。「根において光合成能を発揮できれば、人工栽培系での収穫高や栽培サイクルを大幅に改善させることができるかもしれません」と話す小林助教。今後も、器官や細胞ごとに葉緑体分化制御のしくみを明らかにし、植物がたどった進化や生き様、多様性の秘密を明らかにしていきたいと意気込んでいる。

西村尚子 サイエンスライター

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