形の作られ方・作り方をコンピューターサイエンスで解き明かす
2012年2月23日
筑波大学大学院 システム情報系 コンピュータサイエンス専攻(情報科学)
三谷 純 准教授

日本で生まれ育ったら、誰もが一度は折り紙を手にし、鶴やカブトを折ったことがあるのではないだろうか。世界的に“origami”として有名な遊びは、今や数学やコンピューターサイエンスなどのテーマとなっている。日本折紙学会やInternational Conference on Origami in Science, Mathematics and Educationといった国際会議もあり、生物学などの分野でもタンパク質の構造のように“折りたたまれた状態”を指すのに “origami”という言葉が使われているほどだ。
コンピューターグラフィックス(CG)を専門とする筑波大学大学院 システム情報系 コンピュータサイエンス専攻の三谷 純准教授は、computational origami(コンピューターを使って設計する折り紙)の作家として知られている。独特の美しい作品は伝統的な折り紙のイメージを変えるもので、三谷准教授にとって“プライドをかけた闘いの場”でもあるウェブ上(写真公開用サイトFlickr)で見ることができ、その作製のためのソフトウェアも三谷准教授のホームページからダウンロードできる。一般向けの折り紙の本も2冊出版しており、実際に三谷准教授がカッティングプロッターで折り線を付けた紙を作品に仕上げる様子はYou Tubeで見られる。
三谷准教授は幼いころからペーパークラフトが大好きで、形を作ることに関心があり、東京大学大学院工学系研究科ではCAD(computer aided design)を研究、紙模型の設計をテーマに博士号を取得した。2004年からは切り貼りするペーパークラフトよりもさらに制約が厳しい折り紙の理論の研究を続け、2009年から作品を発表し始めた。

折り紙は数学的には“可展面(かてんめん)”と呼ばれる、伸縮なしで展開する曲面を駆使して形作られたものだ。三谷准教授はコンピューター上の“折る”操作を通して見つけた“長さや形の制約を満たす条件”を数式で表し、完成予想図と展開図を作成、実際に作ってみる。逆に「すでにある作品をコンピューター上に復元して、この折りはどうして存在しうるのかを考え、潜んでいるルールを明らかにしていく。それに基づいて設計用ソフトウェアを作っていくうちにまた新たな形を発見できる」という。折り紙の設計理論に関する論文はこれまでに日本図学会や情報処理学会の論文賞を受賞している。
建築や服飾などの研究者、企業からの問い合わせも多い。2010年には、デザイナーの三宅一生氏のデザインチームにソフトウェアを提供し、一緒に作品展示も行った(企画展 「REALITY LAB ― 再生・再創造」展)。その後、茨城県工業技術センターの主催で「3D折り紙ソフトを利用した商品開発研究会」が発足し、製造業やデザイン業などを営む企業と商品化を目指した研究開発が進められている。
現在、独立行政法人 科学技術振興機構(JST)の戦略的創造研究推進事業(ERATO)の“五十嵐デザインインタフェースプロジェクト”(研究総括:東京大学大学院 情報理工学系研究科 五十嵐健夫准教授) の“生活デザインのための技術”グループのグループリーダーも務めている。
同プロジェクトは、一般の人がさまざまなものを自ら手軽にデザインできる新たなユーザーインタフェースの実現を目指しており、“生活デザインのための技術”グループでは家具、服、食器、おもちゃ、アクセサリーなどの日用品のデザインを助けるソフトウェアを研究開発している。「今、レーザーカッターや3Dプリンターなどのハードウェアはどんどん価格が下がっている。将来は街に工作機器を揃えたオープンな工房ができ、好きなモノを作る時代が来ると予想されている。そこで機能と制約を満たすのに必要なソフトウェアを提供し、専門知識がなくてもコンピューター上で試作を繰り返して、好きなデザインの日用品ができるようにしたい」。
同グループでは、一般の人の感性や創造性、ニーズを満たすデザインシステムに物理現象のシミュレーションを組み込み、有限要素法を用いてデザインした魚の形の鉄琴(図)、膨らませた形をイメージして型紙を作った風船、剛体物理シミュレーションでデザインした椅子などが生まれた。また、身近な空間の写真から制約条件を予測して必要な家具をデザインしたり、手元にあるティーポットにピッタリ合う蓋を3Dプリンターで作ったりするシステムも発表している。マネキンを3D入力デバイスにした服のデザインシステム、三次元表示するゴーグルによる家具の設計なども可能になった。「作った後にどうなるかという“未来”を見ながら、設計することを提案していきたい」と三谷准教授。美しい形、便利な形、好きな形の作り方・作られ方の研究はこれからも続いていく。
*発表論文:Nobuyuki Umetani, Jun Mitani, Takeo Igarashi and Kenshi Takayama, Designing Custommade Metallophone with Concurrent Eigenanalysis, “New Interfaces for Musical Expression++ (NIME++) ”, Australia, 15-18th June, 2010. 梅谷信行、高山健志、三谷純、五十嵐健夫、実時間固有値解析による対話的な鉄琴のデザイン、『情報処理学会論文誌、インタラクションの基盤技術、デザインおよび応用』 2011年4月 Vol.52, No.4, pp.1599-1607
小島あゆみ サイエンスライター