Nature Careers 特集記事

小さなRNAの2本鎖が「引きはがされて成熟するしくみ」を解明!

2012年3月8日

東京大学 分子細胞生物学研究所
泊 幸秀 准教授

Nドメインによって2本鎖のRNA が引きはがされるモデル。 | 拡大する

かつては「ゲノムのがらくた」とされていたものの、あまりの量の多さから「何らかの機能をもつ」と考えられるようになったnon-coding RNA(ncRNA)。これまでに、ncRNAには、核内の低分子RNA、20塩基ほどのmicroRNAやsiRNA、数百から数千塩基対に達する長鎖ncRNAなどがあり、発生、分化、代謝、ウイルス耐性、発がんなどの多彩な機能を秘めていることがわかっている。このほど、東京大学 分子細胞生物学研究所の泊 幸秀 准教授は、マイクロRNAやsiRNAなどの「小さなRNA」が、あるタンパク質にとりこまれることで成熟する分子メカニズムを突き止めた。

小さなRNAは塩基配列に依存して標的とするmRNAに作用し、microRNAは特定の一群の遺伝子の発現抑制を、siRNAは主にウイルス感染などに対する防御機能を担っている。これら2種類の小さなRNAは、前駆体の構造が異なり、それぞれの生合成経路をたどるが、ともにRNaseIII酵素の一種であるDicerによって切断されると短い2本鎖の状態をとる。ただし、このような2本鎖のRNAはそのままでは機能できず、段階的にさまざまなタンパク質による加工・成熟が必要とされる。長い間、そのしくみについては「2本鎖が酵素(ヘリカーゼ)によって一本鎖に巻き戻され、1本鎖RNAとしてアルゴノート(Argonaute)というタンパク質に取り込まれる」と考えられてきた。

一貫して、小さなRNAとそれに関わるタンパク質の構造や機能についての研究を続ける泊准教授は、この5年で、先の定説を覆す以下のような事実を明らかにしてきた。「Dicerによる切断で作られた2本鎖RNAは、そのままArgonauteに取り込まれる。Argonaute内部に入ると 2本の鎖が引きはがされ、片方の鎖が捨てられる。もう片方の鎖だけがArgonauteに残されエフェクター複合体(RISC)を形成することで標的とするmRNAを認識できるようになり、遺伝子発現抑制などの機能を発揮する」。

ただし、どのようにして「引きはがし」がおきているのかは明らかではなかった。「Argonauteには機能が不明のNドメインというドメインがあり、バクテリアのArgonauteの結晶構造では、ちょうどNドメインが2本鎖の片側の塩基対形成を邪魔しているようにみえます。このことから私たちは、NドメインがRISC形成の途中で2本鎖RNAの末端に『くさび』を打ち込むことで引きはがしを可能にするのではないかという仮説を立てました」と泊准教授。

さっそく泊准教授と大学院生のピーターバス・クワック氏は、ヒトのArgonauteがRNAと複合体をつくる様子を検証してみた。Nドメインに系統的に点変異を入れた異常なArgonauteを41種類作成したうえで2本鎖の小さなRNAを取り込んだ複合体を作らせ、正常なArgonauteと比較しながら、電気泳動で解析したのである。その結果について泊准教授は「正常なNドメインでは、第一段階として2本鎖RNAがArgonauteに取り込まれた状態が、第二段階として1本鎖RNAだけArgonauteに残った状態が検出できました。ところが異常なNドメインでは、2本鎖RNAが取り込まれた状態は正常型と同様に検出されたものの、1本鎖RNAだけを含む状態は検出されませんでした。このことは、異常なNドメインでは第一段階から第二段階へと進まなかったことを示しています」とコメントする。

この結果は、Nドメインが2本鎖RNAを引きはがして1本鎖にするために必要なことを明確に示している。「Argonauteは2本鎖RNAを一度自分自身の中に取り込んだあと、末端にNドメインという『くさび』を打ち込み、数個の塩基対を積極的に壊しているのだと思います。これによってRNAが安定的に2本鎖を組めなくなり、両者が引きはがされるのだと考えられます」と泊准教授。

「NドメインがRNAを引きはがすしくみ」は、動植物がもつArgonauteにおいて広く共通していると考えられる。「小さなRNAの研究を応用に結びつけるためには、ブラックボックスとなっている部分を一つ一つ丁寧に解析することが必要です。小さなRNAは、感染症やがんなどの薬に応用できると期待され、世界中で研究が進められているが、今回のような私たちの基礎的な知見が役立てば嬉しい」と話す泊准教授。自身は、今後も「愚直な生化学」にこだわって研究を進め、小さなRNAがはたらくしくみの全容を明らかにしたいと意気込んでいる。

西村尚子 サイエンスライター

「特集記事」一覧へ戻る

プライバシーマーク制度