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スプレーするとがん細胞だけが光るプローブを開発!

2012年1月12日

東京大学 大学院医学系研究科
浦野 泰照 教授

モデルマウスを用い、卵巣がんの微小な転移がんを光らせた。 | 拡大する

細胞内の特定の分子を光らせて可視化することで、その動態を追うバイオイメージング。プローブ、光源、顕微鏡等の開発が進み、今や、生命現象の解析やバイオマニュピレーションにおいて欠かせないツールとなっている。このほど、東京大学大学院医学系研究科の浦野泰照教授とアメリカ国立衛生研究所(NIH)の小林久隆主任研究員らは、スプレーするだけでがん細胞のみを光らせることのできる蛍光試薬を開発。手術時に、1ミリ程度のごく小さながんを光らせることで、経験の浅い医師でも、客観的に目で確かめながら切除できる道を開いた。

バイオイメージングは、発生学や神経科学など、基礎研究ではすでに広く用いられている。一方、医療分野においては、肝がんや脳腫瘍の一部でのみ、手術時のパイロット適用が始められているに過ぎず、その感度、選択性はまだ満足できるものではないという。

これまで、目に見えないほどの微小ながんの除去は、外科医の経験や勘に頼るほかなかった。近年、こうした「あいまいさ」が問題視されるようになり、バイオイメージングの応用が考えられるようになったわけだ。手術において微小ながんを可視化できれば、外科医は切除すべき部位を客観的に判断でき、誰もが取り残しのない施術を行えるようになる。また、内視鏡や腹腔鏡によるがん摘出でも、精度を格段に上げられると期待できる。

浦野教授は、生きた細胞内のさまざまな現象を可視化するための蛍光プローブの開発を行ってきた。「研究開発を続けるうちに、体内のさまざまな細胞の特徴を可視化するのがおもしろいと感じるようになり、疾患細胞の代表であるがん細胞のイメージング技術を開発することにしました」と話す。まず2009年に、小林主任研究員らと協同して、モデル動物に投与後数時間で、がん部位だけを光らせることのできるプローブを開発。その後さらに、手術時のヒトの患者に使うべく、「安全性が高い、短時間で可視化可能、蛍光が強い」といった特徴をもつプローブの開発を目指してきた。

浦野教授らが注目したのは、γ-グルタミルトランスペプチダーゼ(GGT)という酵素。この酵素は、肺がん、肝臓がん、乳がん、脳腫瘍、卵巣がん、子宮頸がんなど、多くのがんで発現が亢進することが知られている(一部に、GGTをほとんど発現しないがんもある)。さっそく、GGTと結合すると蛍光するプローブの設計を開始した。「がん細胞で活性化している酵素はいろいろ報告があるので、それらに対するプローブを10種類以上作成し、培養細胞で検討しましたが、結果的にがん細胞と正常細胞とのコントラストが最も大きかったのがGGTでしたと浦野教授。

こうして、今回、完成したのが、gGlu-HMRGとよばれるプローブだ。プローブ自体は無色・無蛍光だが、がん細胞の膜上にあるGGTと反応すると構造の一部が変化し、HMRGという強い緑色の蛍光物質を生成する。HMRGは、細胞膜を透過してリソソームに蓄積するため、1時間以上にわたってがん細胞だけを蛍光させることができる。つまり、手術部位にスプレーすると、数十秒から数分後にはがん細胞だけが光り出し、長時間、光り続けることになる。

「観察に用いる顕微鏡の性能にもよりますが、原理的には1細胞でも同定可能です」。そう話す浦野教授は、現在、患者から切除された直後のがん組織にスプレーすることで、感度と特異性を確認中で、5年後を目処に臨床での実用化を目指したいとしている。

「PETやMRIとくらべて、バイオイメージングの観察装置は単純で、費用も安価です。また、プローブ試薬の大量生産も可能です。医療費の観点からも、私たちの技術は非常に有望だと考えています」と浦野教授。

がんは、初期の微小な状態で見つけ出し、侵襲性の低い内視鏡や腹腔鏡で治療できれば、脅威となる病気ではない。「光や超音波を照射するプローブを設計できれば、診断と同時に、がん細胞だけを死滅させることも可能です」。そう話す浦野教授は、診断から治療までを一体化したがん医療を確立すべく、精力的に研究を続けている。

西村尚子 サイエンスライター

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