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半導体基板上で1個の電子を移送し、検出することに成功

2011年11月24日

山本 倫久 助教
東京大学大学院 工学系研究科 物理工学専攻

1個の電子を表面弾性波に乗せて移送するイメージ図 | 拡大する

電子は光子と異なり、周囲の電子と相互作用しやすいため、単一電子の持つ量子力学的な状態を長く保持させることは難しい。しかし、量子コンピューターのような量子情報処理においては、個々の電子の量子力学的な状態を制御することが必要である。そのため、1個の電子を量子ドット(電子の入れ物)内に閉じ込めて周囲から孤立させ、その状態を制御する技術の開発が長年進められてきた。一方で、大量の量子情報を扱うためには、各電子が持つ情報を半導体基板上で自由に行き来させることが必要である。そこで、電子1個を周囲の電子から分離したまま、その動きをコントロールする技術の開発が待たれていた。

東京大学大学院 工学系研究科 物理工学専攻の樽茶清悟教授、山本倫久助教らは、このほど1個の電子を量子ドットに入れ、周囲の電子から孤立させたまま、その量子ドットから離れた別の量子ドットに電子を移送し、それを検出する技術を開発した。

これは文部科学省科学研究費補助金(新学術領域研究)「量子サイバネティクス」、科学技術振興機構(JST)国際科学技術共同研究推進事業(戦略的国際共同研究プログラム)量子スピン情報プロジェクト、JST戦略的創造研究推進事業(ERATO)「核スピンエレクトロニクスプロジェクト」などによる、フランス・グルノーブルのニール研究所のクリストファー・ボイヤレ博士とトリスタン・ムニエル博士、ドイツのボーフム大学のアンドレアス・ヴィーク教授らとの共同研究だ。

山本助教らは、GaAs(砒化ガリウム)半導体の基板上に、量子ドット2つを細線でつないだ電子の通り道を作り、片側の量子ドットに電子を1個入れ、表面弾性波を発生させて、電子を表面弾性波にサーフィンのように乗せて運ぶ装置を考案(図)。電荷検出計で2つの量子ドットの電荷を調べたところ、1ナノ秒後に電子が移送されていることが検出できた。量子ドットからの電子の放出ともう一方の量子ドットでの捕獲の精度は90%以上と高いことも明らかになった。

さらに、2個の電子を1つの量子ドットに入れ、別々の量子ドットに分離することにも成功。「電子スピンの量子力学的な状態(回転の向き)が外界(とくに核スピン)との相互作用で乱される時間が数十ナノ秒であるのに対し、この装置では1ナノ秒で電子が移送されており、電子スピンの向きも保持されていると考えられる」と山本助教は解説する。これは分離した電子の双方が電子スピンを保っており、「量子もつれ」の状態で分離できるということだ。

「量子もつれ」は、2つの量子の情報が分離不可能に複合している性質で、この2つの量子の情報は空間的に離れたとしても、片側の情報を規定すれば、もう一方の情報が規定される(互いに相関している)。「量子もつれ」を利用すると、少ない演算回数で大量の計算を実行する、超並列計算が可能になる。さらに、離れた空間でも片側の情報を読み取ったり送ったりすることで、もう一方の情報を規定でき、量子計算特有のアルゴリズムや量子通信などへと応用できる。しかし、「量子もつれ」状態を制御するためには、「量子もつれ」を引き起こす複数の電子間の相互作用、すなわち各電子間の距離を自在に制御することが不可欠である。この課題は、基板上で電子を量子情報とともに移送することによって克服できる。山本助教らの研究は、それを可能にしたもの。量子コンピューターには、「1個の電子の電子スピンの回転操作」「2個の電子の電子スピンの交換操作=量子もつれの創成」「電子スピン状態を保ったままの移送」の3つが必要になるが、このうちまだ達成されていなかった3つ目の制御の第一歩となった。

この研究成果は、同様の研究を行った英国ケンブリッジ大学の研究とともに同時にNature に掲載された。

山本助教らは、今後、電子スピンの向きがほんとうに保たれているのかを検証するとともに、量子ネットワークの形成に向かう基礎研究を行っていく。「今回、電子を1個単位で周囲から孤立させて移送することができたので、電子同士が重なることで互いが持つ波動を強めたり弱めたりする“干渉”や“散乱”を電子1個単位で調べ、光を使う量子光学的な実験を電子で実現することを目指していきたい」と語っている。

小島あゆみ サイエンスライター

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