骨に埋め込まれた骨細胞を単離。骨による全身の生体系制御システムの解明を目指す
2011年10月27日
東京医科歯科大学大学院 医歯学総合研究科 分子情報伝達学教室
中島 友紀 助教

体を支え、カルシウムなどミネラルを貯蔵し、血液細胞や免疫細胞を生み出す骨。その骨の新陳代謝は、今、ホットな研究テーマとなっている。
骨は硬くて緻密な“皮質骨”と小さな細い骨が組み合わさったスポンジ状の“海綿骨”から成り、皮質骨は年間約6~7%、海綿骨は約10%が新しい骨に置き換わる。この骨の再構築は“骨リモデリング”と呼ばれ、その機構は、古くなった骨や傷ついた骨を壊す破骨細胞と、その部分に来て新しく骨を作る骨芽細胞の働きによることが知られている。しかし、破骨細胞がどのようにして集まるのか、破骨細胞が壊した部分を骨芽細胞がどう感知しているのかといった詳細はわかっていない。とくに骨の細胞集団の9割以上を占め、骨の中に埋め込まれている骨細胞の働きには謎が多い。
骨細胞は1~20年程度と寿命が長く、骨芽細胞や破骨細胞に比べて、ほとんど増殖しないのが特徴だ。骨の中ではお互いに手をつなぐように網目状につながっており、重力やたわみのようなメカニカルストレスを感知し、破骨細胞や骨芽細胞と何らかのシグナルのやりとりをしていると推測されている。ただ、骨の中から取り出すのが難しいことが研究を進める上での課題となっていた。
東京医科歯科大学大学院 医歯学総合研究科 分子情報伝達学教室の中島友紀助教らの研究グループは、このほど高純度の骨細胞を単離することに成功した。これは科学技術振興機構(JST)の戦略的創造研究推進事業(ERATO)の高柳オステオネットワークプロジェクト(研究統括:同大学院 高柳広教授)の成果で、オーストラリア、スペイン、英国、米国、日本の研究者による共同研究だ。中島助教は、このプロジェクトのオステオサイト・マウスジェネティクスグループでグループリーダーを務めている。
中島助教は、2006年に高柳研究室に所属してから、骨関連遺伝子改変マウスを作製するシステムを立ち上げた。今回の研究では、遺伝子を組み換える働きを持つCre酵素が骨細胞だけで発現するマウスとCre酵素がある細胞で蛍光を発するマウスの交配によって、骨細胞のみが光るマウスを作製。頭蓋骨や長管骨を薄く切って、酵素処理と細胞を分けるフローサイトメトリー法を用い、骨細胞を99%以上の純度で取り出した。遺伝子発現を解析すると、これまでの研究から報告されている骨細胞特異的な遺伝子が発現しており、骨芽細胞に特異的な遺伝子は見つからなかった。
そして、破骨細胞を活性化させるRANKL(receptor activator of NF-κB ligand:破骨細胞分化因子、ランクリガンド)をコードする遺伝子の発現量を骨芽細胞と比較すると、骨細胞ではmRNAレベルで約10倍多く発現し、細胞表面上でも強力にRANKL のタンパク質が発現していた。さらに、破骨細胞を支持する能力も骨細胞が骨芽細胞より優っていた。
そこで、骨細胞のみでCre酵素を発現するマウスとCre酵素がある細胞だけでRANKL が破壊されるマウスとの交配で、骨細胞のみでRANKL が破壊されるマウスを作製。そうすると、破骨細胞が成長できず、大理石骨病になった(図版)。これまでは骨芽細胞や骨髄間葉系細胞が破骨細胞を育て、働かせるというのが定説だったが、中島助教らの研究によって、骨細胞が骨リモデリングの指令塔の役割を担っていることがわかった。
RANKLは1997年に免疫系の分子として同定され、RANKLの刺激を受けると、単球・マクロファージ系の前駆細胞が単核細胞になり、だんだん融合して、破骨細胞になることが1998年に報告された。中島助教がポスドク研究員として所属していたトロント大学オンタリオ癌研究所(後にウイーン科学アカデミー分子生物工学研究所に移籍)のJosef Penninger教授の研究室では、RANKL を全身でノックアウトしたマウスでは破骨細胞ができず、生まれつき大理石骨病になること、さらに、このノックアウトマウスでは母乳が出ず、RANKL が乳腺の発達に関係していることを明らかにしている。中島助教も2006年に乳がんや前立腺がん、悪性黒色腫の骨転移にRANKLとその受容体RANKが関係することを解明した。「このときは多くのがん患者さんから“早く薬にしてほしい”とメールや手紙を受け取った。2010年にRANKLのヒト型モノクローナル抗体デノズマブが米国で承認されて骨粗鬆症やがんの骨転移抑制に使われるようになり、日本でも治験が進んでいる。自分の研究が薬に結びついたのは誇らしい」と喜ぶ。なお、RANKLは乳がんの発症や体温調節にも関わっていることが示唆されている。
RANKLは他の臓器でも重要な役割を担っているが、最近、骨から分泌される分子が、他の臓器を制御することが徐々に明らかになっている。例えば、骨細胞から分泌されるFGF23(線維芽細胞増殖因子23)は、腎臓でのリン酸やカルシウムの再吸収に関わっている。また、骨芽細胞が作るタンパク質オステオカルシンは膵臓のβ細胞に指令して、インスリンの分泌量を調節する。このような“骨による外界からの刺激感受と骨による全身の生体系制御システム”=オステオネットワークを解明していくのが、中島助教が所属する高柳研究室の目標だ。
今後は、骨細胞の全遺伝子をマイクロアレイで網羅解析し、骨形成や骨破壊に関わる分子とともに他の臓器を制御する分子を探していく。「骨細胞の単離やイメージングは、オステオネットワークの概念の成熟を加速できるだろう。研究を通じて、骨の機能や病気の社会的な認知度を上げ、骨を臓器として捉えてもらえるようになればうれしい」と中島助教。静かに、そしてダイナミックに機能している骨。さらなる研究成果が楽しみだ。
小島あゆみ サイエンスライター