古代ギリシャ時代からの謎だった「ウナギの産卵場所」を突き止めた!
2011年11月10日
東京大学 大気海洋研究所
塚本 勝巳 教授

日本人にとってウナギといえば、蒲焼きとして大人気の魚だが、その生態には謎が多い。祖先は深海魚だとされるが、現存種は海水だけでなく、淡水や汽水域にも生息できる。東京大学 大気海洋研究所の塚本勝巳教授は、海洋生物の回遊について研究を続けるなかでウナギの回遊現象にたどり着き、2009年、2011年と続いて、世界ではじめて卵の採集に成功。ウナギの回遊・産卵生態研究に新たな時代を切り開いた。
ウナギは「ウナギ目ウナギ科ウナギ属」に属する魚類で、世界中に生息している。ウナギ科はウナギ属のみで、そこには16種と3亜種が分類されている。いずれも、深海で産卵・孵化し、成長すると汽水や淡水域にさかのぼる「降河回遊」という回遊型の生活を送るが、正確な産卵場所は、古代ギリシャの時代からの謎とされてきた。
塚本教授らが対象にしたニホンウナギの場合、1991年の調査結果によって、マリアナ沖で孵化することはわかっていた。孵化後、仔魚(レプトセファルス)が海流に乗り、約半年かけて成長しながら沿岸部まで旅をし、黒潮内で稚魚(シラスウナギ)に変態したのちに河口の汽水域の底にたどりつくらしい。「その後、一部は川をのぼり、一部は海に残ります。遡上した個体は10年ほど淡水域で暮らしたのちに、晩秋の増水時に川を下って外洋の産卵場に旅立ちます。そして、産卵後に一生を終えるのです」と塚本教授。
このニホンウナギの産卵地点を正確に特定するには、卵や孵化直後の仔魚(プレレプトセファルス)を採集する必要があった。ところが、外洋域の深海で「実際に産卵される地点」をピンポイントに特定するのはきわめて困難だった。
大気海洋研究所では1973年より、西マリアナ海嶺南部において、研究船「白鳳丸」を使ったウナギの産卵場調査を続けてきた。当時、大学院生だった塚本教授は第一回目の研究航海から参加し、ウナギの生態に魅せられていったという。まず、1991年には、フィリピン海の中央部の比較的表層域(0〜400m)で10㎜前後の小型レプトセファルスを約1000尾採集するのに成功した。2005年には、西マリアナ海嶺のスルガ海山西方の海域(水深200m)で、孵化後2日目のプレレプトセファルスを約400尾採集。2008年には、水産庁との共同プロジェクトとしてトロール船「開洋丸」が加わり、はじめて親ウナギ5匹の採集に成功した。「残る卵については、2009年に31個を世界ではじめて採集でき、今年6〜7月には、さらに147個を採集することに成功しました」と塚本教授。
2度にわたる採卵により、塚本教授らの推測どおり、西マリアナ海嶺(北緯13度、東経142度付近)がニホンウナギの産卵場所であることが証明された。加えて、新月の2〜4日前にほぼ同一の海域で毎晩産卵しているらしいこと、産卵の水深は150〜200メートルと比較的表層であることなども明らかにされた。
ウナギ資源は世界的に激減しており、絶滅危惧種に指定されている種もある。「目下、シラスウナギの人工大量生産技術の開発が急務となっていますが、私たちの成果はこの分野にブレークスルーをもたらすだけでなく、養殖用の餌や飼育装置の開発、卵質向上の技術などにも役立つと思います」と塚本教授。今後は、まだ達成できていない産卵直前の個体採集を目指すとともに、そもそもウナギがなぜ何千キロもの旅の果てに集団産卵するのかという根本的な謎に迫りたいとしている。
西村尚子 サイエンスライター