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左右の臓器配置の非対称性、ある細胞のクラスター形成に鍵があった!

2011年9月8日

松井 貴輝 助教
奈良先端科学技術大学院大学 バイオサイエンス研究科

正常な胚(左)では、クッペル胞前駆細胞がクラスターを作る。FGFシグナルが異常な胚(右)では、前駆細胞が分散してしまい、クラスターが形成されない。 | 拡大する

ヒトの体には、大別しただけでも約200種の細胞があるとされる。それぞれの細胞は、球状、層状、立体的といったように自律的に集合し、きちんと機能をはたす臓器や器官を構築する。このとき、ヒトを含む多くの生き物で、臓器の配置は左右が非対称になる。狭い空間に、効率よく臓器を収めるためだ。いったい、どのようなしくみで、厳密かつ効率よく細胞の位置が決められるのか。このほど、奈良先端科学技術大学院大学 バイオサイエンス研究科の松井貴輝助教は、ゼブラフィッシュを用いて研究を進め、ある細胞のクラスター形成に鍵があることを突き止めた。

細胞が自律的に集まる現象は、いくつも知られている。たとえば、アメーバ(細胞性粘菌)は、餌が豊富にある環境では単細胞で存在するが、不足すると自律的に集まって多細胞の集合体となり、次世代を残すために胞子を産生するようになる。また、脊椎動物の心臓は、体の右と左の離れた位置に出現した前駆細胞が中央に移動し、一つの管を形成することで作られる。ゼブラフィッシュの膵臓形成においても、まず前駆細胞が体の左右に出現し、それらが融合することで器官へと分化していく。

いずれも、「前駆細胞がクラスターを作る」という現象がまず起き、それが引き金となって細胞が自律的に移動しはじめる。高等生物においては、細胞を集合させるための接着因子やシグナルの存在が知られているが、細胞が本当に自律的に集合しているのかどうかを証明するのは難しく、クラスター形成のしくみついてもよくわかっていなかった。

松井助教は、魚類の胚で器官形成の際に共通してあらわれ、臓器の左右非対称性を運命づけるとされる器官(クッペル胞)に注目。クッペル胞の細胞にはごく微小な繊毛(微繊毛)があり、これが反時計周りに回転することで細胞のまわりにある液体に水流が作り出される。水流によって、左右の細胞に増殖因子などの量の差がもたらされ、結果として非対称な臓器ができていくことになる。「クッペル胞ができない変異体などでは、正常な水流が作られず、心臓の位置が右になるなどの左右非対称性の異常が引き起こされます」と松井助教。

今回の研究において松井助教はまず、細胞の分化に関与することがわかっている約20種の遺伝子について、その発現を安定して阻害するオリゴ鎖(アンチセンスモルフォリーノ:MO)を用意した。「これらのMOを卵割前の受精卵に注入すると、卵割後のすべての細胞に配分することができます。また、特定の時期(256-512細胞期)の胚の卵黄に注入すると、クッペル胞の前駆細胞にのみ導入することができます。こうすることで、胚全体またはクッペル胞前駆細胞のみで、さまざまな遺伝子の機能をノックダウンしてみたのです」と松井助教。

そのうえで松井助教は、各遺伝子のノックダウンがクッペル胞の形成にどのような影響を与えるのかを解析。その結果、fgf8, canopy1, tbx16, cadherin1という4つの遺伝子について、1つでも発現が阻害されると、クッペル胞の前駆細胞がクラスターを作れなくなったという。さらに、これらの遺伝子の発現に関与するシグナル伝達についても詳しく解析し、次のような結果を得た。「まず、増殖因子FGFが受容体(FGFR1)に結合することで、Canopy1が誘導されることがわかりました。このとき、誘導されたCanopy1は、細胞膜上に存在するFGFR1の数を増やし、FGFの活性を維持しつづけていました。さらに、このポジティブフィードバックができあがると、転写因子であるTbx16と細胞の接着因子として知られるCadherin1の発現が誘導されることを突き止めました。こうして細胞どうしの接着が強化される現象こそが、クラスター形成→クッペル胞形成→左右非対称性な臓器の完成へとつづくプロセスの鍵をにぎっていたのです」。

一方で、クッペル胞前駆細胞がクラスターを形成できないと、クッペル胞の形が崩れ、微繊毛もできないことを確かめた。「このような胚では細胞の対称性が破られず、心臓などの臓器の配置の異常が引き起こされました」と松井助教。

一連の結果から松井助教は、クッペル胞の前駆細胞がクラスターを作ることが、その後の「分化細胞の自律的な移動」の引き金となり、臓器や器官の左右非対称性を実現すると結論づけた。マウスなどの哺乳類では、クッペル胞に相当するノードとよばれる器官が知られている。「今回の研究により、前駆細胞のクラスター形成が、脊椎動物のボディープランに重要だということを明確に示せたことになります。一方で、細胞のクラスター形成を自在に操ることができれば、再生医療用の器官や組織を試験管内で作り出す技術の開発にも応用できると思います」と話す松井助教。今後は、数理生物学なども駆使し、多細胞生物がもつ複雑な細胞システムの構築原理や、その制御メカニズムにもせまりたいとしている。

西村尚子 サイエンスライター

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