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原子分解能を持つ液中FM-AFM(周波数変調原子間力顕微鏡)でさまざまな物質の構造や性質を可視化する

2011年8月25日

金沢大学 フロンティアサイエンス機構
福間 剛士 准教授

液中FM-AFMによって観察されたマイカ/水界面の3次元水和構造。水平断面上には、マイカ表面を構成するシリコン原子の周期構造が観察される。一方、垂直断面上には、表面に対して一様に広がる水和層とともに、局在する表面吸着水分子が観察されている*。 | 拡大する

液中で使える原子間力顕微鏡(AFM:atomic force microscope)の進化で新たな知見が報告され、生物学や材料開発などへの応用に期待が高まっている。

金沢大学 フロンティアサイエンス機構 福間剛士准教授(同大学大学院 自然科学研究科 電子情報工学専攻 ナノバイオ工学研究室、バイオAFM先端研究センター)は、液中で原子分解能観察が可能な周波数変調(frequency modulation)原子間力顕微鏡(FM-AFM)を2005年に世界で初めて開発したメンバーの一人。近年、サブナノスケールからナノスケール、そして生体分子集合体のようなマイクロスケールの物質の構造などを直接液中で観察することに次々と成功している。

AFMは走査型プローブ顕微鏡(SPM:scanning probe microscopy)の一種で、カンチレバーの先にある探針を試料の表面に近づけ、探針と試料表面の間に働く相互作用力を測定する。FM-AFMでは、この相互作用力を振動するカンチレバーの共振周波数変化として検出し、それが一定になるように探針と試料の距離を制御したまま、水平方向に走査することで表面構造を観察する。

現在、原子分解能を実現している顕微鏡としては、透過型電子顕微鏡(TEM)、SPMの一種である走査型トンネル顕微鏡(STM)などが挙げられる。しかし、TEMでは液中での高分解能観察が、STMでは絶縁体の観察が原理的に極めて難しい。これに対し、FM-AFMは液中でセラミックス、高分子、タンパク質やDNAなどの様々な絶縁体を原子分解能で観察できる唯一の技術となっている。

福間准教授は、無機・有機固体結晶であるマイカ(白雲母)、ポリジアセチレンを手始めに、これまで神経変性疾患の発病に関与するとされるアミロイド線維、脂質やコレステロールから成るモデル生体膜などの表面構造を明らかにしている。

最近では、細胞の微小管などに含まれるタンパク質チューブリン分子の観察に成功。チューブリンを構成するα-ヘリックスのわずか0.5 nmピッチの周期構造を可視化し、それがX線やNMRで観察されてきた分子構造と一致していることを示した。さらに、チューブリンプロトフィラメントの向き(マイナスエンドとプラスエンド)やC末端(カルボキシル末端)の位置も液中で直接特定した。チューブリンのC末端は化学修飾前後で、キネシンなどのモータータンパク質との相互作用が変化すると推測されており、「今後は分子の揺動や化学修飾前後の構造の変化などを観察したい」と福間准教授。

液中で固体と水との界面で現れる水和構造の観察にも取り組み、試料表面と試料から離れた部分では水分子のふるまいが異なる様子を三次元で観察することにも成功した(図)。通常は水平方向にのみ走査するカンチレバーを、垂直方向にも1 nm程度走査して、界面の微小な三次元空間の情報を取ることで、0.25 nmと水分子1層分に等しい厚みを持つ水和層を直接観ることができた。水和はタンパク質の構造や機能と関わると推測されており、生物学的にも新たな発見につながりそうだ。

昨年には、NEDO (独立行政法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構)の若手研究グラント(産業技術研究助成事業)のプロジェクトで、液中AFMによる局所表面構造・電位分布同時計測技術を開発している。

従来から真空中や大気中で電位分布を計測するのに使われてきたAFM技術は、探針と試料の間に交流と直流の電圧をかけ、発生する静電気力を直流電位のフィードバック制御によって打ち消す仕組みになっている。しかし、液中では直流電圧の印加によって電気化学反応やイオン・水分子の再配置が生じるため、カンチレバーに制御不能な表面応力が印加されるほか、試料の物性にも多大な影響を与えてしまい、安定して計測できない。そこで、福間准教授らは、高速に変化する高周波電圧だけを探針と試料の間に印加し、それに同期する静電気力の高調波成分を検出し、計算によって電位を求めるオープンループ型の電位顕微鏡を完成させた。

これまで液中FM-AFMによるサブナノスケール、ナノスケールの世界最高の分解能や、FM-AFMの多機能化と高速化にこだわってきた福間准教授だが、今後は「液中FM-AFMを普及させるための装置開発、そしてもっと大きなスケールも含めて、社会的にニーズのある分野で応用できる研究を進めていこうと考えている」と話す。NEDO の研究をきっかけに、接点のなかった電池、触媒、めっき、バイオセンサ、化粧品、コンタクトレンズなど数社との材料開発の共同研究が始まった。「初めて扱う試料の表面構造、電位分布や水和構造などを調べ始めたところ。新しい材料開発につなげ、研究を社会に役立てたい」と福間准教授は抱負を語っている。

*T. Fukuma, Y. Ueda, S. Yoshioka, H. Asakawa “Atomic-Scale Distribution of Water Molecules at the Mica-Water Interface Visualized by Three-Dimensional Scanning Force Microscopy” Phys. Rev. Lett. 104 (2010) 016101.

小島あゆみ サイエンスライター

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