ジュウシマツは「さえずりの音の規則性」を自発的に識別する!
2011年8月11日
京都大学大学院 生命科学研究科
安部 健太郎 助教

「スズメはとっても歌が好き……」の童謡にもあるように、鳥の多くは「さえずり」によって同種の他個体とのコミュニケーションをとっている。とくに鳴禽類のなかには、生後に「音の並び(音声シーケンス)」の使い方を学習するものがいることが知られ、ヒトの言語に似た特性をもつのではないかと考えられてきた。このほど、京都大学大学院 生命科学研究科の安部健太郎助教は、鳴禽類の一種であるジュウシマツを用いた行動研究を行い、音声シーケンス中の音の並びの法則性を、自発的に獲得・識別する能力があることを突き止めた。
カラス、スズメ、ツバメ、ヒバリなど、日常でみかける鳥の多くが鳴禽類に属している。こうした鳴禽類をはじめ、鳥類の多くが音声シーケンスによるコミュニケーションをもち、なかには音を組み合わせた「さえずり(歌)」を使うものもいる。さえずりは種によって固有の音声シーケンスからなり、たとえば、うぐいすの「ホーホケキョ」は、私たちに春の訪れを知らせるものとして親しまれている。また、ジュウシマツやムクドリでは、多くの音成分を複雑に組み合わせてさえずることがわかっている。こうしたさえずりは、生殖のためにオスがメスを誘ったり、オスがなわばりを主張するといった目的で使われることが多いとされる。
ジュウシマツの場合、さえずりは決まった音声シーケンスではなく、発するたびに音成分の並びが複雑に変化する。といっても、その並びは完全にランダムなわけではなく、規則性があるとの研究報告がなされていた。ただし、音の並びに何らかの重要な意味があるのか、さえずりを聞く個体がそれをどれだけ聞き分けているのかといったことは、よくわかっていなかった。
今回、安部助教は、ジュウシマツを対象にさまざまな行動実験を行い、解析を試みた。「実験のポイントは、ジュウシマツの実際のさえずりの音声シーケンスの順序を改変した『入れ替え版さえずり』を用いたことです」と安部助教。私たちは、「ホンジツハセイテンナリ」の「ハ」の位置を変えて「ホンジツセイテンハナリ」とすると、瞬時に文法のエラーを検知する。安部助教は、ジュウシマツにも類似の能力があるかどうかを検討しようと考えたのである。
まず、被験個体に、特定のさえずりを繰り返し120分間聞かせ、馴化させた。そのうえで、馴化時のさえずりの「入れ替え版」を聞かせ、前後5分間の行動変化を調べた。その結果、入れ替え版を聞かせたときの行動量の変化は、馴化時のさえずりを聞かせ続けた場合よりも有意に大きく、複数の披験個体が共通して特定のパターンの順序改変にだけを識別することがわかったという。「このことは、ジュウシマツのさえずりの音声シーケンスに『ヒトの文法』に相当するような音の並びの法則性が存在し、この法則性を複数個体が共通して保持することを示唆しています」と安部助教。
次に、生後40〜130日目まで隔離し、他個体のさえずりが一切聞こえない防音環境で飼育したうえで、同様の行動実験を行ってみた。この時期は、他個体の多彩な音声シーケンスに接しながら、自らもさえずりはじめる時期を含んでいる。「すると、隔離個体には正常飼育個体のような行動変化がみられないことがわかりました」と安部助教。
さらに、「一部分の入れ替えではなく、全く新規の順序法則をもつ人工さえずり」を正常飼育個体に聞かせ、その法則性に慣らした後に「別の順序法則をもつ新たな人工さえずり」を聞かせる行動実験も行った。「すると、それまでの法則性を逸脱する人工さえずりを聞かせたときには、行動変化が有意に大きくなることがわかりました。このことは、ジュウシマツが人工さえずりをも学習でき、後から聞いた人工さえずりがそれと同じ規則性をもつかどうかを判別できることを示しています」。安部助教はそうコメントしたうえで、以下のように結論づけた。
- ジュウシマツは、さえずりを学習し、他のさえずりを聞いたときに、両者の音声の規則性のちがいを判別することができる。
- さえずりを記憶し、規則性のちがいを判別する学習は、巣立ち後に後天的に獲得される。
- 新規の順序法則をもつ人工さえずりを学習することもでき、それとは異なる順序法則をもつ人工さえずりとの規則性のちがいを判別することもできる。
一連の成果は、ジュウシマツが、まわりにいる他個体のさまざまなさえずりを聞くことで、音声シーケンスの情報や規則性を獲得し、それにはずれるさえずりを判別できることを示し、これまでヒトしかもたないと考えられてきた能力の一部を鳴禽類が保持していることを強く裏付けた。今回、安部助教は、このような判別に関わる脳神経回路が、ジュウシマツの脳のAnterior Nidopalliumとよばれる部位にあることも突き止めた。「ヒトでは文法エラーに反応する領域(大脳皮質のブローカ野など)が知られていますが、鳥にも音声シーケンスの情報を処理する領域が存在する可能性が高いと思われます」とコメントする。
文法に基づく言葉の組み合わせによって複雑な状況や感情などを無制限に作り出せる生物は、ヒトだけだ。このような高次機能を可能にするのは、どのような神経メカニズムによるのか。一貫して、外部情報と神経系の可塑性との関連を分子レベルで検討してきた安部助教は、今回の成果を手がかりにさらなる解析を進め、ヒトで特異的な言語情報処理の基盤メカニズムに迫りたいとの意欲を燃やしている。
西村尚子 サイエンスライター