モータータンパクの一つが、運動学習に関与することを発見!
2011年7月14日
高岸 芳子 助教
名古屋大学 環境医学研究所

生体を構成する細胞の多くは、ほぼ球体をしている。いずれも、中心に核があり、そのまわりにミトコンドリア、ゴルジ体、小胞体などが分布している。これらの細胞内小器官やアミノ酸などの分子は、数種類のモータータンパクによって細胞内の適材適所へと運ばれ、与えられた役割を果たす。たとえば、皮膚の色素細胞では「ミオシンVa」というモータータンパクが、色素顆粒を細胞の辺縁と運んでいる。ミオシンVaはニューロンにも多く発現しているが、脳のどのような機能と関連しているのかはまだ十分解明されていない。今回、名古屋大学環境医学研究所の高岸芳子助教は、東京女子医大(宮田麻理子)、徳島文理大学(岸本泰司)、名古屋市立大学(田中正彦)らの研究グループとともに、ミオシンVaの機能解析を行うことで、このモータータンパクが脳の情報伝達や学習に関わることを突き止めた。
細胞内の物質輸送に関わるモータータンパクには、キネシン、ダイニン、ミオシンがある。いずれも、マイクロチューブやアクチンフィラメントなどの細胞骨格タンパクと協調してはたらいている。ニューロンにおいては、キネシンとダイニンがシナプス小胞タンパクやシナプス受容体を運ぶことで、ニューロンの発生や分化、神経の可塑性に寄与していることが報告されている。
残るミオシンについては、ミオシンVaを含め18タイプのアイソフォームがあり、ニューロンにも複数タイプが発現している。そのうちミオシンVaは、ラットやマウスの脳においては、小脳のプルキンエ細胞、大脳皮質と海馬の一部、嗅脳や橋、下オリーブ核のニューロンなどで、とくに強く発現しているという。「ミオシンVaによる輸送が報告されているものとして、AMPA受容体、mRNA結合タンパク顆粒、軸索内小胞、ニューロフィラメント、神経内分泌顆粒などがありますが、こうした輸送がどのような神経機能と結びついているのかについてはよく分かっていませんでした」と高岸助教。
自然発生の突然変異体を対象に、神経系の異常について解析してきた高岸助教は、環境医学研究所で発見された神経疾患ラット (dilute-opisthotonus, dop)の研究に着手。「原因遺伝子を同定したところ、ミオシンVaの遺伝子に異常があったのです。dopラットのホモ接合体はミオシンVaを欠損しており、正常に比べると被毛が淡色なため、生後3〜4日目には特定できました。さらに、生後10日を過ぎると運動失調や痙攣発作にみまわれ、ほ乳が困難となり生後3週には死んでしまいます」と高岸助教。
幼児期に死んでしまうdopラットで、脳の高次機能を解析するような行動実験はできない。そこで高岸助教は、ミオシンVaの遺伝子に点変異を持ち、生後2〜3週間はdopラットと同様の神経症状を示すものの、その後は回復して生存し続けるマウス( dilute-neurological,d-n)を用いた。「神経症状を示す時期に小脳を調べたところ、プルキンエ細胞の樹状突起に存在する棘(スパイン)において、本来あるはずの小胞体とIP3レセプターが欠如していることが分かりました。さらに、プルキンエ細胞において、運動学習の獲得に欠かせない長期抑圧(LTD)という現象が起きないことと、行動実験(瞬目反射条件付き行動実験)による運動学習に明らかな障害があることもわかりました」と高岸助教。スパインは、情報伝達の効率を変化させるなど、さまざまな情報処理機能を担っている。また、小胞体とIP3レセプターは、ニューロンの興奮に関わるカルシウムイオンのストックと代謝に、それぞれ関与している。
高岸助教のグループは、正常な培養プルキンエ細胞においてミオシンVa遺伝子の発現を阻害すると、多くのスパインでIP3レセプターが欠損することも確かめた。一方、生後1か月を過ぎて神経症状が回復したd-nマウスでは、プルキンエ細胞中にわずかなミオシンVaタンパクの発現がみられ、不完全ながらもスパインに小胞体やIP3レセプターが存在すること、LTDが誘発されており、運動学習が成立していることを突き止めた。 「一連の成果は、ミオシンVaが、小脳のプルキンエ細胞内において、小胞体とIP3レセプターを樹状突起からスパインへと運ぶ役割を担っていることを示しており、この機能がLTDの誘発や運動学習の成立に重要であることを強く示唆しています」。そうコメントする高岸助教は、今回用いたd-nマウスが、ヒトのミオシンVa遺伝子疾患(ヒトでは運動の発達遅延、筋緊張低下、精神遅滞などがみられる)の病態モデルとして、発症メカニズムの解明や治療法の開発に寄与すると考えており、ミオシンVaの脳神経系での詳細な機能について、さらなる解析を行いたいと意欲を燃やしている。
西村尚子 サイエンスライター