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染色体の安定性を司る遺伝子BUBR1が繊毛形成に必須であることを発見

2011年6月23日

松浦 伸也 教授
広島大学原爆放射線医科学研究所放射線ゲノム疾患研究分野

細胞表面にあるはずの繊毛が欠損した繊毛病では、細胞の向きが整わず、腎嚢胞や脳の形の異常を高頻度に合併する。BUBR1 がないと繊毛が形成されず、繊毛病を発症することから、BUBR1 が繊毛形成に必須であることが示された。 | 拡大する

染色体不安定症候群は、染色体の構造や数が生まれつき不安定になっている遺伝病で、Fanconi貧血、Bloom症候群、毛細血管拡張性運動失調症、Nijmegen(ナイミーヘン)症候群、染色分体早期解離(premature chromatid separation:PCS)症候群(多彩異数性モザイクmosaic variegated aneuploidy:MVA症候群とも呼ぶ)などが知られている。

広島大学原爆放射線医科学研究所放射線ゲノム疾患研究分野の松浦伸也教授は、日本には数少ない染色体不安定症候群の専門家の一人だ。

松浦教授の大きな研究テーマとなっているのが、恩師である山口大学医学部小児科の梶井正教授(現・名誉教授)が1998年に報告したPCS症候群。重度の小頭症や精神遅滞、ウィルムス腫瘍や横紋筋肉腫のような小児期からのがんを伴う。現在のところ、世界で40例、日本では20例というまれな病気である。

染色体の「構造」の異常と発がんが関係することは古くからわかっていたが、染色体の「数」の異常も発がんにつながることが示されたのは2004年で、PCS症候群の研究が契機となった。

PCS症候群では、2本の姉妹染色分体の接着の異常によって染色分体が早期に分離し、娘細胞に不均等に分配される。そのため染色体の欠損や過剰が起こって、患児はがんを多発する。松浦教授らは、2000年にPCS症候群の原因が染色体分配を制御する紡錘体形成チェックポイントの異常であることを突き止めた。その後、紡錘体形成を担う中心体に着目して、染色体分配機構やPCS症候群の発症メカニズムの解明を進めている。

PCS症候群は紡錘体形成チェックポイント遺伝子BUBR1 (バブアール・ワン)の欠損が原因であることが報告されたが、松浦教授らの研究から、PCS症候群には、両親から受け継ぐBUBR1 の2つの対立遺伝子の両方が変異したタイプのほかに、片側に変異があり、もう片側には変異はないもののタンパク質発現が低下しているタイプがあることがわかった。「後者のタイプは日本に多く、症状が重篤になる傾向がある」(松浦教授)。なお、BUBR1 は、もともと細胞分裂の際に働くタンパク質である後期促進複合体を調節していることが知られていた。

そして、最近、このBUBR1 が細胞の繊毛の形成にも働くことが松浦教授や研究室の宮本達雄助教、イギリス・バース大学の古谷-清木誠博士らの共同研究で明らかになった(図版)。

繊毛は脊椎動物のほとんどの細胞の表面にあり、長さは千分の数mmほど。細胞外の物理的・化学的な刺激を感知するセンサーとして、鼻や喉のような粘膜では異物の排出などに役割を果たす一方で、細胞極性や細胞の分裂軸に関わるため、とくに発生時期に脳や腎臓、心臓などの形成に重要であることが次々と報告されている。

松浦教授らは、繊毛病と呼ばれる、繊毛の異常が小頭症や腎臓の多発性嚢胞など症状を起こす病気とPCS症候群が似ていることから、BUBR1 と繊毛の関係を調べた。そして、患児の細胞を観察したところ、予想通り繊毛がなく、PCS症候群が繊毛病の一種であることが明らかになった。

さらに、BUBR1 を欠損させたメダカでは、繊毛病や染色体不安定症候群に見られる、脳の異常や内臓逆位が見られた。詳しく調べると、発生初期の一時期にあらわれる繊毛を持つ組織に、繊毛が生えておらず、そのために内臓逆位を引き起こすことがわかった。これによって、BUBR1 が繊毛の形成に働くことが示された。

今のところ、日本のPCS症候群の患児からは内臓逆位は見つかっていないが、「今後、多くの症例を調べる必要がある」と松浦教授。

また、このような一連の研究から、「一般の人のがんの一部に繊毛の異常が関わっているかもしれない。今回明らかになった繊毛形成のメカニズムは、がんの診断法の開発に結びつく可能性がある」として、さらに調べていく予定だ。

一部の染色体不安定症候群では、放射線感受性が強いことが知られている。松浦研究室では、そのメカニズムの研究を通じて、遺伝子診断や染色体不安定症候群の発がん機構、放射線発がんの仕組みの解明も目指している。また、遺伝性小頭症の原因遺伝子の探索と解析から、放射線の胎内被ばくによる小頭症の発症メカニズムに迫る研究も進行中で、遺伝子診断も行っている。「染色体」「発がん」「放射線」をキーワードに、重篤な遺伝病に挑む日々がこれからも続いていく。

小島あゆみ サイエンスライター

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