免疫・炎症細胞やがん細胞の動態を可視化して、病気の解明や医薬品の開発につなげる
2011年5月26日
大阪大学大学院 医学系研究科 医学専攻 内科学講座(呼吸器・免疫アレルギー内科学)
熊ノ郷 淳 教授
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最近、神経、免疫、骨代謝、血管形成、がん、心臓疾患などの領域で、セマフォリン分子が新たな創薬ターゲットとして注目を集めている。セマフォリンは「セマドメイン」と呼ばれるアミノ酸配列を持つタンパク質群で、これまでに20種類以上が見つかっている。
大阪大学大学院 医学系研究科 呼吸器・免疫アレルギー内科学教室の熊ノ郷淳教授は、セマフォリン研究の第一人者。セマフォリンが免疫を正常に保つために不可欠であることを2000年にいち早く発表し、その後も新たな発見を続けている。
セマフォリン研究のきっかけは、免疫不全症の高IgM症候群に関連する遺伝子を調べる過程で、セマフォリンの一つ、Sema4D が目に留まったこと。Sema4D 欠損マウスを作製すると、このマウスでは抗体の産生能力が落ちて、免疫反応が低下していることがわかった。
当時、セマフォリンは、発生の過程で神経がセマフォリン分子に反発して伸びていく現象から「神経のガイダンス因子」と考えられていたが、熊ノ郷教授らの研究により、免疫に関与するセマフォリンの存在が世界で初めて明らかになった。
続いて、熊ノ郷教授らは2002年に免疫系の司令塔であるヘルパーT細胞のバランスに関わるセマフォリンSema4A を発見。Sema4A 欠損マウスではアトピー皮膚炎や喘息が悪化し、逆に野生型マウスにSema4A を阻害する抗体を注射すると自己免疫疾患の発症を抑制できることを見出した。ヘルパーT細胞にはTh1とTh17、Th2があり、生体内でTh1とTh17が過剰になると自己免疫疾患や炎症が増悪し、逆にTh2が過剰になるとアレルギーを引き起こしてしまう。熊ノ郷教授らの研究でSema4A がヘルパーT細胞のバランスを司っていることが示されたのだ。
さらに、熊ノ郷教授は昨年、阪大蛋白質研究所の高木淳一教授との共同研究で、セマフォリンSema6A と、その受容体Plexin-A2 の複合体の立体構造を世界で初めて決定した。また、免疫の見張り番役である樹状細胞がセマフォリンSema3A を感知して、リンパ球専用の通り道であるリンパ管に入り、リンパ節に移動していく様子を撮影することにも成功(図)。Sema3A の受容体であるPlexin-A1 を欠損した樹状細胞はリンパ管を通り抜けることができないことがわかった。「免疫の見張り番として働く樹状細胞がリンパ節にいるT細胞にSOS情報を伝えるためにリンパ管に入る際に、Sema3A が鍵を握っていた」(熊ノ郷教授)。
このようにセマフォリン分子などを手がかりに、生体内での細胞動態を可視化して明らかにし、それを免疫・アレルギー疾患や、がんの転移の抑制につなげることは、熊ノ郷教授の大きな目標だ。
セマフォリンを測定することによる病気の診断法の開発も国内外で進んでいる。例えば、自己免疫疾患の全身性硬化症(強皮症)の患者さんの血清中ではSema4D が高いことが報告されている。熊ノ郷教授らの研究グループも、神経が脱落する神経難病である多発性硬化症の患者さんの血清中でSema4A が高値になることを突き止め、企業とともに早期診断のためのセマフォリン測定システムを開発しており、臨床応用を目指しているところだ。
熊ノ郷教授はこの4月に大阪大学微生物病研究所教授から呼吸器・免疫アレルギー内科学教室の教授職に異動した。同教室では現在、田中敏郎准教授らが中心となり、日本で初めて開発された抗体医薬品ヒト化抗IL-6受容体抗体トシリズマブ(商品名アクテムラ)の適応拡大の試みが研究されている。トシリズマブは、すでに関節リウマチ、 Castleman氏病、若年性特発性関節炎に対して保険適応になっているが、強皮症、多発性筋炎、リウマチ性多発性筋痛症など、他の多くの自己免疫疾患にも効果が期待されている。また、立花功講師や武田吉人助教らによる、肺がんや「肺の生活習慣病」と呼ばれる慢性閉塞性肺疾患(COPD:chronic obstructive pulmonary disease)などの呼吸器疾患に対する先駆的研究や、岡芳弘講師を中心にした「がんを免疫で制御する」がん免疫治療も精力的に行われている。「自己免疫疾患、アレルギー疾患、肺がん、COPD、がん免疫治療など、実際に患者さんに近いところで、優秀なスタッフと一緒に診療や研究することは大きなモチベーションになる」と熊ノ郷教授は話す。
免疫学は日本が世界をリードする学問分野であり、中でも阪大は日本の318の研究機関では論文被引用数でトップであり、世界でも第4位となっている(2000~2010年の11年間、2011年トムソン・ロイター社「論文の引用動向による日本の研究機関ランキング」)。熊ノ郷教授は、「この研究室では歴史的にいろいろなバックグランドを有する人材の受け入れがスムース。臨床現場で経験を積んだ医師も自身の関心のあるテーマで研究することができ、現在も皮膚科、循環器内科、神経内科、血液内科など多くの診療科の医師が研究に参加している。若い医師・研究者とともに夢を持って研究をしていきたい」と抱負を語っている。
二光子励起レーザー顕微鏡の画像。黄色の蛍光色素で色をつけた樹状細胞をマウスの足の裏に注射し、翌日近傍の膝下のリンパ節を観察すると、野生型マウスでは足の裏から膝下のリンパ節に移動してきた樹状細胞が観察される。しかし、セマフォリン受容体遺伝子(Plexin-A1 )欠損マウスで作られた樹状細胞を注射した場合には、野生型マウスにおいてもリンパ節の内側への移動が観察されない。「リンパ管の隙間を樹状細胞が通過する際、リンパ管で産生されるSema3A が、樹状細胞表面のplexin-A1–neuropilin 1 (NRP1) 受容体に働き、樹状細胞の中でアクトミオシン(アクチンとミオシンの結合したもの)の収縮力を作動させて、樹状細胞をリンパ管の中へ引っ張り込む」(熊ノ郷教授)。Sema3A は、リンパ管内に細胞を引っ張り込む遊走因子としては、初めて同定された。昨年、熊ノ郷教授は、これまでの一連のセマフォリン研究が評価され、第28回大阪科学賞を受賞しており、今年はこの「免疫細胞移動のナビゲーション機構の研究」の業績で、平成23年度科学技術分野の文部科学大臣表彰科学技術賞(研究部門)を受賞した。
小島あゆみ サイエンスライター