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siRNA抑制と高温ストレスで、トランスポゾンが活性化することを突き止めた!

2011年6月9日

北海道大学大学院理学研究院
伊藤秀臣 助教

ONSENの転移によって表現型が変わったシロイヌナズナ(左)と、正常なシロイヌナズナ(右)。 | 拡大する

40億年にもおよぶ生命進化は、「ゲノムの進化」がもたらしたものといえる。RNA(リボ核酸)から始まったとされるゲノムは、一部配列の重複・削除・挿入を繰り返すことで、種特異的なサイズと配列をもつゲノムへと変化を遂げ、現在に至っている。こうしたゲノムの進化において、「トランスポゾン」とよばれる転移因子が重要な役割を果たしたことがわかってきている。今回、北海道大学大学院理学研究院の伊藤秀臣 助教は、その一種である「レトロトランスポゾン」を対象に研究を進め、転移を制御する機構の一端を明らかにした。

伊藤助教は、シロイヌナズナを使って研究を進めている。シロイヌナズナゲノムは、約10%がトランスポゾンで占められており、各々のトランスポゾンは、約10のグループ、数百のファミリーに分けられる。ただし、大半が不活性化されており、転移活性(自らを切り出し、あるいはコピーしてゲノムの他の場所へ転移する力)を失っている。これまでに、「DNAのメチル化による転写の抑制」、「ヒストン修飾によるヘテロクロマチン化」などによって、転移機能が不活性化されることが知られている。また、siRNA(短い2本鎖のRNA断片)によるRNA干渉が、メチル化をさらに促進することもわかってきている。

では、シロイヌナズナのゲノム中に存在するトランスポゾンは、いつ、どのようにして増えたのか? 「私はスイスに留学していたときに、高温、低温、乾燥、高塩分といった、さまざまな環境ストレスがトランスポゾンの活性と関連しているのではないかと思いつきました。そこで今回、高温ストレスとシロイヌナズナゲノム中のONSENと名付けたレトロトランスポゾンの転移について調べてみることにしました」と伊藤助教。レトロトランスポゾンはHIVなどのレトロウイルスに由来し、ある時、感染によってゲノム中に入り込んだと考えられている。

さっそく伊藤助教は、RNA干渉を担う遺伝子が変異したためにメチル化が促進されなくなっている変異体に高温ストレスを与え、ONSEN の転移がどうなるかを調べてみた。「発芽後一週間の幼苗に37度Cの高温ストレスを24時間与えてみた(通常の生育環境は21度C)。まず、このような高温処理された変異体では、ONSENの転写活性が高まっていることがわかった」と伊藤助教。さらに伊藤助教は、この変異体を成長させて花を咲かせ、その種をまいて次世代を作り、そのゲノムも調べてみた。すると、ONSENの転移が検出できたという。「さらに、こうした転移機能の活性化は、DNAのメチル化が阻害されるだけではおきないこともわかった」とコメントする。

トランスポゾンが「機能している遺伝子内」に転移したり、逆にそこから削除されれば、遺伝子の発現が大きく変わるはずだ。こうした遺伝子発現の変化が植物の形質の変化となってあらわれることが、環境変化に適応した個体を生み出す原動力にもなりうる。伊藤助教は「今回用いた変異体において、高温ストレス環境下でなぜ転移機能が活性化されるのか、その理由はまだ不明。ただし、siRNAによるRNA干渉が転移機能の活性化に関与していることを、強く示唆できた」とし、「生き物の進化という漠然とした現象を、一端とはいえ、自らの研究で実証できたことに感動を覚えた」とコメント。今後は、変異体において高温ストレス下で転移機能が活性化されるしくみを突き止め、農業への応用を可能にする「環境ストレス耐性植物」を作り出したいとの意欲を燃やしている。

西村尚子 サイエンスライター

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