がん幹細胞マーカーCD44が、抗酸化ストレスの機能を果たしていることを発見!
2011年5月12日
慶應義塾大学 先端医科学研究所 遺伝子制御研究部門
永野 修 助教

がん研究の進展により、悪性腫瘍には自己複製能とがん細胞供給能を合わせもつ「幹細胞様の細胞」が存在することがわかっている。「がん幹細胞」とよばれるこのような細胞は、分裂のスピードが遅いために抗がん剤や放射線治療が効きにくく、腫瘍の悪性度、再発、転移などにも深く関与する。逆に言えば、がん幹細胞をたたけば根治も望めることになり、世界中の研究者が、がん幹細胞を同定するためのマーカー探索や、同定されたがん幹細胞の特性解析を急いでいる。このほど、慶應義塾大学 先端医科学研究所 遺伝子制御研究部門の永野 修 助教らは、あるがん幹細胞マーカーが、単に標識としてあるだけでなく、がん組織の増大や治療抵抗性の獲得にも関与していることを突き止めた。
一般に、ある特定の細胞の膜表面にのみ発現する分子を「細胞マーカー」とよぶ。つまり、がん幹細胞にのみ特異的に発現する分子が、がん幹細胞マーカーとなりうる。そのようなマーカーを手がかりにすれば、がん幹細胞を含む細胞集団を単離し、基礎的な研究から臨床まで、幅広く役立てることができる。
永野助教らが注目したのは、CD44とよばれるがん幹細胞マーカー。CD44は、ヒアルロン酸などの細胞外マトリックスと結合する接着分子で、リンパ球の全身への供給、リンパ球の活性化、細胞間や細胞・基質間の接着、細胞運動といった多岐にわたる機能が知られていた。2003年にCD44が乳がんのがん幹細胞マーカーにもなると報告され、一般的な固形がんのがん幹細胞マーカーとして重要視されるようになった。
大学院時代より、一貫して、がん細胞の浸潤とCD44の関係について研究を続ける永野助教は、未解決だった「CD44が単に何らかの標識として細胞膜上に存在しているのか、あるいは、細胞内外における何らかの機能的な役割を担っているのか」という点に着目し、CD44に、細胞が存続するうえで大きな問題となる酸化ストレスを回避するような機構があるかどうかを検討しようと考えた。
さっそく、ヒトの胃がんや大腸がんの細胞株のなかから、CD44の発現が高い細胞を選び出し、CD44の発現を抑制した際の抗酸化酵素遺伝子の発現、細胞内アミノ酸や抗酸化物質(グルタチオン)の量的変化などについて調べてみた。「実験の結果、CD44が細胞膜においてアミノ酸トランスポーターの働きを活性化することでグルタチオンの量を増やし、自らの細胞を活性酸素の蓄積による酸化ストレスから守っていることがわかった」と永野助教。グルタチオンの合成にはシスチンというアミノ酸が必要だが、CD44は細胞膜上のシスチントランスポーターを安定化することで、シスチンの取り込みを促進することも突き止めた。
さらに永野助教らは、シスチントランスポーターの機能を特異的に阻害する薬剤を用いた動物実験をはじめており、著しい腫瘍抑制効果や抗がん剤への感受性増強効果を確認しつつあるという。
一連の成果は、CD44による抗酸化ストレス機構を抑制できれば、強力な抗がん作用が期待できることを示している。「今後は、臨床の先生や企業と協力し、薬剤候補物質を用いた臨床研究を進めていきたい」と話す永野助教。がん幹細胞を標的にした治療が実現すれば、がん患者の予後やQOLを大幅に改善できる。具体的な創薬や臨床につながる、さらなる研究成果が待たれる。
マウスの胃がん組織における、CD44発現細胞(赤)と酸化ストレスによって誘導されるタンパク質(緑)。CD44発現細胞において、酸化ストレスマーカータンパク質の発現が抑制されていることがわかる。
西村尚子 サイエンスライター