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走査型トンネル顕微鏡(STM)による物性発見を新たなデバイス開発に生かしたい

2011年3月24日

千葉大学大学院 融合科学研究科 ナノサイエンス専攻
山田 豊和 特任准教授

STMを用いた有機分子1個による磁気センサー(磁気ヘッド)のイメージ。 | 拡大する

原子や分子を直接観察できる走査型トンネル顕微鏡(STM:scanning tunneling microscope)を精緻に制御することで、千葉大学大学院 融合科学研究科 ナノサイエンス専攻の山田豊和特任准教授は、新たな物理現象を発見している。

今年2月には、有機分子1個による世界最小の磁気センサー(磁気ヘッド)を発表した(Nature Nanotechnology ,6, p.185-p.189 (2011))。これは、山田特任准教授が2010年までアレクサンダー・フォン・フンボルト財団リサーチフェローとして研究していたドイツ・カールスルーエ工科大学、そして、フランス・ストラスブール大学との共同研究だ。

STMでは、探針(プローブ)と測定する材料との約0.5~1 nmの空間に微量の電流を流し、探針の先端の原子と材料の原子や分子の距離を非接触で電流の量として測定することで、原子や分子の形を画像化する。

通常、探針にはタングステンのような磁性のない金属が使われるが、山田特任准教授らのグループではコバルトなどの磁性薄膜をプローブとして使用し、試料の磁気信号をキャッチする技術を開発した。STMが本来持つ原子間距離を測定する電気信号中に含まれる磁気信号は、電気信号に比べてずっと小さいため、検出するのはとても難しい。今回の発表はこの技術を応用したものだ。

パソコンなどの情報記憶端末では、小さな磁石が並んだディスク上を磁気センサーが高速で動いて、磁石から漏れる磁界を検出し、情報を読み込んでいる。また、書き込むときには、その向きを、電流をコイルに流して発生する磁界で強制的に動かして保存する。

磁気センサーは、金属の両側に磁石が付いており、片側はN極S極の向きが変わらない固定磁石、もう一方は向きが可動の検出磁石になっている。検出磁石のN極S極の向きが動くことでディスク上の磁石から漏れる磁場を検出するのは、地球の磁界の向きを検出する方位磁石と同じ原理だ。

磁性膜と非磁性膜を重ねた多層膜においては、この固定磁石と検出磁石のN極S極の向きが揃うと電流が流れるが、逆向きになると、磁気抵抗が発生し、電流が流れない。この現象は、巨大磁気抵抗効果(GMR:Giant Magnetoresistance)と呼ばれ、1987年にドイツのペーター・グリューンベルク博士、フランスのアルベルト・フェール博士らによって発見された。2人は2007年、ノーベル物理学賞を受賞している。情報端末では、実際には電流のオンオフで磁気センサーの検出磁石のN極S極の向きと、ディスク上の磁石の向きを制御しているわけだ。

磁気センサーを小型化すれば、それだけ情報端末は小型化し、省エネ化する。そこで、山田特任准教授らのグループは、STMを用い、金属ではなく、有機物、しかも分子1個を使うという基礎研究で磁気センサーの可能性を示した。

実際には、図のようにSTMのコバルトの探針と基板の間に有機分子であるフタロシアニン分子を1個入れ、基板のコバルト磁石のN極S極の向きが変わった際の磁気抵抗を測定。 探針が固定磁石、基板が検出磁石の役割をし、磁気センサーとしての機能を持つことが明らかになった。また、今、パソコンなどに使われている無機物の磁気センサーよりも感度が約10倍高いという結果が出た。

フタロシアニン分子を選んだのは、「安価で手に入れやすく、インクや太陽電池などにも使われていて応用範囲が広いこと、不純物の影響が小さく柔軟性に富んでいたことから」。今後、フタロシアニン分子が複数個並んで膜になったときや、ほかの種類の有機分子ではどうなるかなど実用化のための基礎研究も行っていく。

また、別の研究(Nature Nanotechnology, 5, 792-797)では、銅基板上のナノサイズの鉄磁石に、STMプローブから電界をかけて、鉄磁石の向きを制御することにも成功している。電流をコイルに流して発生する磁界を用いる現在のハードディスクへの書き込みを、電界によって行うものだ。電界は電圧÷距離で表されるが、STMでは距離がナノスケールであるために、電圧が小さくても強い電界を得られる。「1 Vの電圧でも1 GV/mの電界をかけられる。この技術が実用化につながれば、電流を使用しない情報記憶端末になる」。

山田特任准教授らがSTMによって発見する新たな物性が、世界中で求められている高機能・省エネルギーのデバイスの開発につながっていくのを期待したい。

小島あゆみ サイエンスライター

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