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インフルエンザウイルスが細胞内に侵入する新たなしくみを発見!

2011年3月10日

北海道大学大学院 医学研究科
大場 雄介 准教授

インフルエンザの生活環と既存薬の標的。 | 拡大する

昨年につづき、今冬も日本各地での新型インフルエンザ(H1N1型)が流行しているほか、野鳥や養鶏からは、相次いで高病原性の鳥インフルエンザウイルス(H5N1型)が検出されている。世界的な大流行(パンデミック)を防ぐには、世界規模の監視、迅速な対応と治療などが重要だが、既存のワクチンやノイラミニダーゼ阻害薬(タミフルなど)では万全とはいえず、効果の高いさらなる治療や予防の手段が求められている。このほど、北海道大学大学院 医学研究科の大場雄介 准教授らは、インフルエンザウイルスが宿主細胞へ侵入する際に利用する「宿主細胞側のメカニズム」の一端を明らかにした。今回の成果を応用することで、新たな治療薬の開発に結びつく可能性があるという。

インフルエンザウイルスは、ヒトなどの宿主細胞の細胞膜に存在するシアル酸という分子に取り付き、膜ごと貫入してできる小胞によって細胞質内へと運ばれる(このような輸送をエンドサイトーシスという)。その際、インフルエンザウイルスはクラスリンとよばれるタンパク質を必要とする(クラスリン依存性エンドサイトーシスという)ことが知られていた。ところが、実験では、クラスリン依存性エンドサイトーシスの活性を抑制してもウイルス感染が防げないことが示されていた。

一方、大場准教授は、10年以上前からRasとよばれるタンパク質の研究を続けてきた。Rasは他のタンパク質と結合することで、転写や増殖に関わるさまざまなシグナル伝達の機能を担っている。「当時は、Rasの上流因子の探索を進めていた」と大場准教授。その後、あるきっかけで、生きた細胞内でのRasのふるまいをバイオイメージング技術によって可視化するプロジェクトに携わり、さらに研究は「Rasの下流因子へのシグナル伝達」へと進展したという。「Rasがどのようにして下流の因子を使い分けているのかを調べる過程で、RasとPI3Kという酵素が、小胞に結合していることを発見した。この結果を受け、RasとPI3Kを介したシグナルが、インフルエンザウイルスのエンドサイトーシスと関連しているかもしれないと思い当たった」と大場准教授。

今回、大場准教授らは、マウス線維芽細胞を対象に「野生型の線維芽細胞」、「PI3Kノックアウト細胞」、「PI3Kノックアウト細胞に、ヒトのPI3Kを相補した細胞」、「PI3Kノックアウト細胞に、Rasとは結合できない変異型PI3Kを相補した細胞」などを樹立。また、インフルエンザウイルスとして2種(H1N1型とH3N2型)を用意した。そのうえで、それぞれの細胞に、それぞれのウイルスを感染させ、独自のマルチカラーバイオイメージング技術を用いて、エンドサイトーシスによってとり込まれる物質やウイルス粒子のふるまいを詳細に解析した。

「解析の結果、RasとPI3Kによるシグナルを阻害すると、エンドサイトーシスによる物質取り込みも阻害され、さらにウイルス粒子の取り込み、とり込まれた物質の輸送も阻害されることがわかった」と大場准教授。また、インフルエンザウイルスが、小胞においてRasとPI3Kの複合体(Ras-PI3K)を活性化していることも突き止めた。

一連の成果によって、インフルエンザウイルスには、既知のクラスリン依存性エンドサイトーシスだけでなく、Ras-PI3Kを介した「クラスリン非依存性エンドサイトーシス」の経路があることが明確に示された。さらに、RasとPI3Kの結合を阻害するなどして、クラスリン非依存性エンドサイトーシスを抑制する物質ができれば、新たな治療薬として使える可能性もある。

「ノイラミニダーゼ阻害薬はウイルスが耐性をもつようになる点が問題だが、今回の成果によって、耐性を生じない治療・予防手段が確立可能であるというメッセージを発信できた。この点にインパクトがあったと思う」と話す大場准教授。Rasのような重要な因子を標的にした薬剤では、重篤な副作用が生じることもあるが、ノックインマウスを用いた研究報告により、RasとPI3Kの結合を阻害しても重篤な副作用を生じにくいと予測できるという。実際に、大場准教授らも細胞レベルで同様の結果を得ており、Ras-PI3Kシグナルのさらなる研究を進めたいとしている。

西村尚子 サイエンスライター

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