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心筋幹細胞で世界初の心臓の再生治療を実現

2011年2月24日

京都府立医科大学大学院医学研究科 循環器内科学
松原 弘明 教授

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世界で初めての自己心筋幹細胞を用いた心筋再生治療の臨床試験が京都府立医科大学で2010年から始まっている。第1例の患者さんは、急性心筋梗塞で2月に入院、重症の心不全に陥ったが、6月に冠動脈バイパス手術と同時に自己心筋幹細胞を壊死した心筋組織に注入、胸痛や動悸が改善し、外出もできるようになり、7月に退院した。現在のところ、大きな副作用もなく、経過は良好だ。

この臨床試験の指揮を執っているのが、同大学循環器内科の松原弘明教授。1994年に同大学に着任以来、心筋や血管の細胞の再生を研究してきた。その前のハーバード大学留学中は不整脈に関わるカリウムチャンネル、帰国後は血圧を司るレニン-アンジオテンシン系のARB受容体を研究していたが、「臨床に近いと思われるテーマでも、研究のための研究をしているようで、直接患者さんの治療に結びつかないことをもどかしく感じていた」という。

最初に手がけた再生医療は、骨髄細胞を使う治療法だった。末梢血中に血管内皮前駆細胞が発見されてから、末梢血よりも骨髄からなら血管を作る細胞の単離が容易ではと考え、当時、久留米大学医学部に在籍していた室原豊明氏(現・名古屋大学教授)らと1998年から研究を始めた。骨髄細胞から幹細胞を含む単核球分画を単離し、下肢や心筋の虚血を起こした部分に移植する方法を開発、2000年7月、バージャー病と閉塞性動脈硬化症の自己骨髄細胞移植による血管再生療法(Therapeutic Angiogenesis using Cell Transplantation:TACT)をスタートし、 2002年には“Lancet”に論文が掲載された。この治療法は高度先進医療(現・先進医療)として認められ、全国26の医療機関で実施されており、下肢の血管治療の症例数は京都府立医大だけで200例を超えている。約150例の長期予後の観察でも安全性と有効性が確認された。松原教授らは、さらに心筋再生治療の臨床試験でも心筋再生に成功している。

一方で、心筋幹細胞を使う方法は、心筋幹細胞の発見者である王英正氏(現・岡山大学教授)らと研究を重ね、まず心筋幹細胞の単離と増殖の技術を確立した。ただ、心筋幹細胞をそのまま心臓の虚血部に移植しても死滅する率が高い。そこで、移植後の心筋幹細胞の死滅を防ぐ因子として線維芽細胞増殖因子(bFGF)を発見し、これを徐放するゼラチンの特殊シートを2006年に開発、移植後に患部に貼り付けることで残存率を移植1カ月後で約6割、4カ月後で約4割まで高めた。

実施中の臨床試験は第Ⅰ相の安全を確認する試験で6例を予定、3例目を今年2月に実施した。「1例目は心筋の収縮力が冠動脈バイパス手術のみの例と比較して10%以上上がり、目標通りだった。何よりも梗塞層が半分以下に減っているのに驚いた」と松原教授。1年半ほどで第Ⅰ相試験を終え、有効性を確認する第Ⅱ相試験に入る計画だ。近いうちに対象疾患を心筋梗塞から心筋症に拡げることを目指す。「とくに心臓移植を待っている子どもたちに、移植まで待てる時間を伸ばすことに貢献できれば」と松原教授は抱負を述べている。

小島あゆみ サイエンスライター

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