人工的に合成したペプチドから、ウイルスのキャプシド構造を組み上げる!
2011年1月13日
九州大学大学院工学研究院 応用化学部門
松浦 和則 准教授

ウイルスというと病原性ばかりが話題になるが、その構造と生態が一般の生物とは大きく異なっており、非常に興味深い。ウイルスの基本構造は、「遺伝情報を担う核酸」と「核酸を取り囲むタンパク質の殻(キャプシド)」からなるきわめて単純なもの。自己複製能やエネルギー産生能はなく、感染先の生物の細胞内で自身の核酸とタンパク質を複製し、宿主の細胞膜を使って子ウイルスを作り出す。このほど、九州大学大学院工学研究院 応用化学部門の松浦和則 准教授は、人工的に合成したペプチドからキャプシド構造を組み上げることに、世界ではじめて成功。人工ワクチンやドラックデリバリーに使えるナノカプセルとしての利用に期待が集まっている。
植物に感染するウイルス(植物ウイルス)は、数十〜100ナノメートルの球状あるいは棒状の構造をしている。球状の場合には、キャプシドが「60の倍数個」という決まった数のタンパク質が、正二十面体の構造に自己集積することが知られている。こうした球状の植物ウイルスは、核酸を除いたキャプシドの内部空間が一定の大きさであることから、ナノ物質の運び手などとしての利用が試みられている。
約10年前に、ウイルスのキャプシド構造の幾何学的な美しさや自己集合メカニズムに興味をもったという松浦准教授。天然のウイルスキャプシドを工学的に応用する研究はなされていたが、人工的に組み立てる研究がなかったことから、後者を自らの研究テーマとし、ペプチドの合成や精製についてのノウハウを蓄積してきた。
今回、松浦准教授は、トマトブッシースタントウイルスという直径33ナノメートルほどのキャプシドを組み立てようと考えた。「このウイルスのキャプシドは正12面体の骨格構造をもち、この骨格部分の24残基のアミノ酸配列がわかっていた。私たちは、この24残基を合成すれば、短いペプチドからでも内部骨格の構造が自然に組み上がるのではないかと考えた」と松浦准教授。
さっそく、ペプチド固相合成法により24残基のペプチドを合成し、水に溶かしたところ、数分で正20面体構造が組み上がった。「一般に、タンパク質の一部分の短いペプチドを合成しても、元のタンパク質の立体構造をとるとは限らない。今回は、この常識にとらわれずにやってみたところ、うまくいった」と松浦准教授。実際のトマトブッシースタントウイルスは388のアミノ酸残基が180個集合してできているが、そのうちのわずか24残基だけを材料に、直径40ナノメートルの同じようなキャプシド構造を自己集積させることができたことになる。
ただし、内部が中空構造であることを証明するのが難しかった。透過型電子顕微鏡像のみでは不十分で、北九州市立大学の櫻井教授の協力の下、溶液中のキャプシド構造(小角X線散乱)をSpring-8で測定することで確認できたという。
「研究室では、一回の合成で100mg程度のペプチドを合成できている。遺伝子から発現させよりもはるかに高い効率なので、大量生産も可能だろう」と松浦准教授。今回のような人工キャプシドは、人工ワクチンや薬物の運び手としての利用以外に、キャプシド内部で金属、半導体のナノ粒子、合成高分子などを合成するための「ナノ反応器」として使うことも考えられるという。松浦准教授は「ナノ反応器として使うには、自己複製能を付与したり、刺激・環境応答性を付与することも必要。研究を進め、そのような動的な機能性をもつインテリジェントナノカプセルに進化させたい」とし、さらなる研究への意欲を燃やしている。
西村尚子 サイエンスライター