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「遺伝子の優劣性」にエピジェネティック制御が関与しうることを発見!

2010年12月9日

奈良先端科学技術大学院大学
バイオサイエンス研究科細胞間情報学講座
高山 誠司 教授

低分子量RNAによるメチル化が、劣性SP11遺伝子の発現を抑制。 | 拡大する

自分の意志で動けない植物の多くは、生殖器である花の中に、雌雄の配偶子を両方とも備えている。動物にくらべると、遺伝子の刷新という点では不利になるが、自家受粉することで確実に次世代を残すためである。ただし、ただし、なかには自家受精を避け同種の別個体とのみ受精するしくみ(自家不和合性という)をもつものも多数存在する。自家不和合性は、数十種に上る複数の対立遺伝子の存在によってもたらされると考えられるが、その中には明らかな優劣性を示すものが含まれる。アブラナ科の自家不和合性について研究を続けてきた奈良先端科学技術大学院大学バイオサイエンス研究科細胞間情報学講座の高山誠司教授は、自家不和合性遺伝子の優劣性が低分子量RNAによるメチル化によって発揮されていることを突き止め、古典的な「メンデルの優性の法則」が、後天的なエピジェネティック制御と関連し得ることを世界ではじめて示した。

子は、それぞれの遺伝子を両親から一つずつ譲り受け、2つで一セットのゲノムをもつ。この時、同種の2つの遺伝子のうちの「より優性」な方が子の表現形としてあらわれる場合がある。この遺伝形式は、高校の生物で習う「メンデルの優性の法則」として有名だが、なぜ優性側の遺伝子の性質のみが現れ、劣性側が現れないのか、その分子メカニズムには未解明な点が多い。

一方、自家不和合性は、アブラナ科、ナス科、バラ科など、全植物の半数以上にみられる。なかでもアブラナ科の自家不和合性は古くからよく研究されており、子は、一つの遺伝子座にある複数(約100種と推定される)の対立遺伝子(S1, S2, S3, ---, Sn)のうちの2つを、母側(雌しべ)と父側(花粉)から受け継ぐことが知られている。このとき、同じ番号のS複対立遺伝子を持つ個体同士は「自己」と判断され、2つのS複対立遺伝子が共に違う個体同士だと「非自己」と判断される。

例えば、「S1S2の組み合わせをもつ個体の花粉(精細胞はS1をもつものか、S2をもつものかのいずれかになる)」が「同じ組み合わせをもつS1S2個体の雌しべ(卵細胞胞はS1をもつものか、S2をもつものかのいずれかになる)」に受粉すると「自己」と判断され、受精が成立しない。S3S4などのように、2つのS複対立遺伝子がともに異なる個体の雌しべの場合には「非自己」と判断され、花粉はめしべから水をもらって発芽し、花粉管を伸ばして受精することができる(2つのS複対立遺伝子のうちの一つだけが一致する場合も自己と判断され、受精は成立しない)。

「東北大学の日向康吉先生らの研究により、S複対立遺伝子の組合せによっては、2つのS複対立遺伝子の性質をもつはずの花粉が、片方の性質しか示さない場合があることがわかってきていた」と高山教授。例えば、S52S60という個体の花粉は、2つのS複対立遺伝子のうちS52の性質のみを示し、S60の性質は全く示さないことが明らかになったというのである。つまりこの場合は、S52の性質が優性で、S60の性質が劣性だったことになる。

こうした優劣性のメカニズム解明をはじめた高山教授らは、「S52S60などの優劣性関係にある場合、優性側の遺伝子は正常に発現しているのに対し、劣性側の遺伝子は発現量が数万分の1にまで減少している」、「劣性側の遺伝子はプロモーター領域だけが特異的にメチル化修飾を受け、その発現が抑制されている」といったことを突き止めた。

「DNAのメチル化には低分子量RNAが関与しているとの知見から、今回は、優性側の遺伝子のゲノム近傍に、メチル化を誘導する可能性のある低分子量RNAが作られる領域がないかどうかをコンピューターで解析してみた」と高山教授。推測はみごとに当たった。劣性側の遺伝子のメチル化領域と相同な配列を含む逆位配列(SMI領域と命名)があったのである。さらに高山教授らは、SMI領域が雄しべの組織で特異的に発現していること、このSMI領域領域から「24塩基の低分子量RNA(Smiと命名)」が作られていることも明らかにした。

つまり、Smiという低分子量RNAが機能することで、劣性側遺伝子のプロモーター領域が後天的にメチル化され、その結果として劣性側の遺伝子の発現が抑制されていたことになる。高山教授は「遺伝子の優劣性という古典的な現象に、このようなエピジェネティックな発現制御機構が関与しているとする報告はかつてなく、今回の成果がはじめて」とコメント。同様のしくみがほかの生物種にあるのかは不明だが、高山教授は「類似の機構が存在する可能性は十分にある」と考えており、その普遍性について検証していきたいと意欲を燃やす。

西村尚子 サイエンスライター

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