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科学技術が関連する問題に向き合うために、“対話”と“協働”の場を創る

2010年11月25日

大阪大学コミュニケーションデザイン・センター
平川 秀幸 准教授

科学や技術は社会と切り離すことはできない。科学技術によって、社会の課題が解決されたり、新たな問題が起こったりする。また、科学技術には不確実性があり、新しい科学技術の社会的影響をすべて予見できるわけでもない。これらは自明の理であるが、一方でそれを乗り越え、科学技術を社会によりスムーズに定着させていくシステムは充実しているといえるだろうか。

科学技術が関連する問題に対応していくには、研究者や企業、政策決定者、そして市民がともに情報や知識を共有し、話し合い、意志決定をしていく“公共コミュニケーション”が欠かせない。大阪大学コミュニケーションデザイン・センターの平川秀幸准教授は、この科学技術に関する公共コミュニケーションの場を実際に創りながら、研究者などの専門家と市民のよりよい“対話”と“協働”の方法を探っている。

平川准教授が研究代表者を務める、「市民と専門家の熟議と協働のための手法とインタフェイス組織の開発」(Deliberation and Cooperation between Citizens and Scientists:DeCoCiS)研究開発プロジェクト(通称:でこしすプロジェクト ) は、科学技術振興機構(JST)社会技術研究開発センター(RISTEX)の「科学技術と人間」研究開発領域「科学技術と社会の相互作用」研究開発プログラムのひとつ。このプロジェクトでは、これまで行われた公共コミュニケーションの手法のライブラリ化、新たな“熟議(=熟慮と討論)”と“協働”の手法の開発、市民と共同して公共コミュニケーションを支援するインタフェイス組織の設立と事業モデル化を目的としている。

科学技術に関する専門家と市民の対話の場としては、最近、日本でも活発になっている“サイエンスカフェ”が挙げられる。ただ、サイエンスカフェは科学技術やそれにまつわる社会問題に関心を持つきっかけにはなるが、まだ専門家の知識を伝える機能が強く、一過性のイベントであるため、じっくり議論を深める場になりにくい。

一方、1980年代から始まった“コンセンサス会議”(“市民パネル”がテーマに関する質問をまとめて提起し、“専門家パネル”が答え、市民パネルが報告書にまとめる方式)や、テーマに応じて選ばれた専門家や市民代表が一緒に討議する政府の審議会などは、時間をかけて討議する場ではあるものの、科学技術への高い関心を持つ人のみの集まりで、テーマ設定も参加者の選定も主催者の意図が強くにじむ。

そこで、平川准教授らは、サイエンスカフェや審議会、コンセンサス会議などとは異なる、統合的参加型テクノロジーアセスメント(participatory Technology Assessment = pTA)会議の社会実験を行っている。テクノロジーアセスメント(TA)は、新しい技術の社会的影響を予見し、評価して、実用化の是非や実用化にあたっての規制について方向性を提示し、意思決定を支援する活動。上記のコンセンサス会議は専門家以外のステイクホルダーも参加するpTAの代表例だ。

平川准教授らの統合的pTA会議は、①新しい科学技術の社会的影響を可視化するための市民や専門家による論点抽出カフェ、②研究者コミュニティ、政策関係者等が一緒に論じるべき“アジェンダ”を提案するためアジェンダ設定会議、③会議成果の利用、の3つの段階を経るもので、これまでのpTAや公共コミュニケーションの手法を統合して用いているところが新しい。

2010年度のテーマは「再生医療」で、1回2時間、数名から十数名のワークショップ形式の論点抽出カフェでは、専門家を入れず、スタッフが再生医療の定義や現状を数分説明した後、参加者に再生医療についての期待と不安を挙げてもらう。そして、参加者は出てきた意見をカテゴライズして、内容をまとめる見出しを付け、最後に一番重要だと思うことを書く。この作業は自由参加の市民のほか、再生医療の専門家のグループ、弁護士のグループ、政策に関わる地方議員などのグループが行った。“熟議型サイエンスカフェ手法”と名付けられたこの論点抽出カフェは、「コンセンサス会議より参加しやすく、サイエンスカフェよりも議論でき、最後に議論の結果が見える。専門家がいない分、市民の素直な疑問や期待が反映される」(平川准教授)。現在、計16回の論点抽出カフェに参加した180名が挙げた意見とその理由がホームページ上に掲載されている。そこには、「病気になってからの治療ではなく、なる前の治療へと役立つように再生医療が発展していけばよい」「人間の命に対する価値観が変わってしまう」「まだ臨床での応用までに時間のかかる研究に過度の期待がかかるのが不安」「研究者や基礎研究の重要性を認識して欲しい」といった声が挙がっている。

続いて行われた1泊2日のアジェンダ設定会議では、専門家と募集した市民がともに180の意見を整理し、論じるべきアジェンダにしていった(写真)。その結果は、近々まとめられ、発表される。「アジェンダ設定会議では、医療制度そのものへ疑問も多く出て、現状の医療制度が補完している部分が知られていないことも明らかになった。今後は、これまでの参加者、他分野の研究者や医療関係者、政策立案者などにもレビューしてもらい、学会や政策などへの提言につなげたい」と平川准教授は話している。

公共コミュニケーションを支援するインタフェイス組織としては、2007年4月から “サイエンスショップ”が始まっている。サイエンスショップは大学や研究機関が“市民のための科学相談所”の窓口となり、市民からの問題提起を受け、大学内の専門家や学生の研究開発チームを組織して行う調査研究で、1960年代からヨーロッパで行われており、アメリカでは“コミュニティベースド・リサーチ”と呼ばれる。大学や研究機関にとっては地域貢献となり、産学連携のきっかけともなる。また、市民にとっては、日常の課題や疑問を解決し、科学や科学者とふれあう機会で、「問題の発見・設定や研究方法、議論のしかた、成果の発信を学ぶこともでき、まちづくりや環境保全、福祉などに取り組む市民セクターの支援にもなる」と平川准教授。

2007年度は大学の近くを流れる猪名川と藻川の清流化に取り組む漁協関係者や市民グループの依頼で、大学院生も含めた10数名の学生が市民とともにそこで獲れるアユの汚染度調査を行った。現在は大阪府箕面市からの依頼で、名産の柚子の収穫作業の軽減について調べているところだ。

「サイエンスショップのスタッフには、研究のデザインや進行管理、意見の調整の能力が求められる。今、スタッフ向け、学生向けのマニュアルを作成中で、ほかの大学でサイエンスショップを開催したいときに使ってもらえるように整備したい」(平川准教授)。将来的には授業化も視野に入れ、また同時期にスタートした神戸大学や、これまでに似たような活動を行ってきたNPOなどとの連携も考えている。

2010年9月に出版された、平川准教授の著書『科学は誰のものか―社会の側から問い直す』(生活人新書、日本放送出版協会)では、科学技術の公共コミュニケーションの歴史や方法が詳述されている。その中で、平川准教授は、“科学なしでは解けないが、科学だけでは解けない問題の増大” について触れ、“科学技術に社会のどんな――あるいは誰の――価値観やニーズ、利害が反映されているのか、そしてそれは、そもそも反映されるべきものなのかどうかを考える”ことの重要性を述べている。これは、市民でもある研究者が問い直し、社会に向かって話すべきテーマではないだろうか。今後、平川准教授らの公共コミュニケーションの手法の研究開発が進むこととともに、公共コミュニケーションに携わる研究者が増えることも期待したい。

小島あゆみ サイエンスライター

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