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造血幹細胞の維持と分化を支える「司令塔細胞」を特定!

2010年11月11日

京都大学 再生医科学研究所 生体システム制御学分野
長澤 丘司 教授

CAR細胞の骨髄中での役割。 | 拡大する

白血球、赤血球、リンパ球など、10種以上に上る血液細胞は、骨髄において造血幹細胞が分化することで作り出される。ただし、造血幹細胞は、生体外に取り出した環境下で、未分化状態のまま培養したり、血液細胞へ分化誘導させることができない。この事実は、未分化状態の維持や血液細胞への分化が「骨髄環境に存在する何らかの司令塔的な細胞(ニッシェ)」によって制御されていることを強く示唆している。これまで、ニッシェの候補として、骨芽細胞、血管内皮細胞、CAR細胞などがあげられてきたが、いずれも証明には至っていなかった。このほど、京都大学 再生医科学研究所 生体システム制御学分野の長澤丘司 教授らは、候補の一つに、造血幹細胞の状態を維持する機能があることを突き止め、その細胞こそがニッシェの実体であることを証明した。

長澤教授が造血幹細胞のニッシェとして特定したのは、CAR細胞だった。CAR細胞は、骨髄中の有核細胞の約0.27%を占める未分化な細胞で、神経細胞のような突起をもっている。「私たちは、マウスの骨髄内で、すべての血管(洞様血管)がCAR細胞に取り囲まれていることを突き止め、CAR細胞がCXCL12とよばれるケモカインを供給することで、造血幹細胞のニッシェとして機能するのではないかと考えました」と長澤教授。

医学部生の頃から「ニッシェの実体を解明することが血液細胞の産生メカニズムや白血病の病態理解につながる」と考え、一貫して造血を支える環境を対象に研究を続けてきた長澤教授。そのなかで、CXCL12が、発生過程における造血幹細胞の移動や定着、Bリンパ球の産生制御、成体骨髄における造血幹細胞の維持、臓器特異的な血管形成と、実にさまざまな機能を果たすことを明らかにしてきた。「このCXCL12を高いレベルで発現する細胞を探索したところ、ニッシェ候補の一つであるCAR細胞に行き当たった」と長澤教授。

「ほかにも魅力的な仮説はあったが、自分の信念に従い、確証を得るための実験と観察を積み上げた」。そう話す長澤教授は、CXCL12を発現するCAR細胞のみが光るマウスを使うことで、CAR細胞だけを分離し、その遺伝子発現と分化能を細胞ごとに調べてみた。「その結果、CAR細胞が造血幹細胞と赤血球前駆細胞の増殖に必須のサイトカイン(SCF)を産生していること、自身は、骨を形成する骨芽細胞と脂肪を蓄える脂肪細胞の両方に分化できることなどを突き止めた」と長澤教授。また、薬剤を投与することで、骨髄中の細胞のうちのCAR細胞のみが死滅するマウスを作製し、そのようなマウスでは、造血幹細胞が正常マウスの半数しかないこと、白血球や赤血球、CXCL12、SCF、骨芽細胞や脂肪細胞への分化能が、いずれも著しく減っていることも確かめた。

こうして長澤教授は、骨芽細胞と脂肪細胞の前駆細胞であるCAR細胞が、「骨髄におけるCXCL12の主要な産生細胞」で「造血幹細胞の未分化性の維持と増殖に寄与しているニッシェ」であると結論づけ、長年の謎は解明された。一連の成果は、CAR細胞を人工的に利用することで、細胞外において、造血幹細胞の増殖や特定の血液細胞へ分化誘導を行える可能性を示しており、骨髄移植の改良や新たな白血病治療につながる可能性をも秘めている。「ニッシェの実体は明らかになったが、CAR細胞そのものには多くの謎が残されている。CXCL12やSCF以外にも何らかの重要因子を産生しているのか、自身が半永久的な自己複製能をもつのか否かなどについて、引き続き解析と検討を進めたい」と長澤教授。まだまだ、実験に明け暮れる日々が続きそうだ。

西村尚子 サイエンスライター

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