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植物細胞の持つ、不思議な現象の解明に取り組む

2010年10月28日

京都大学大学院理学研究科生物科学専攻
西村いくこ教授

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京都大学大学院理学研究科生物科学専攻の西村いくこ教授らのグループは、生物実験や遺伝子解析、電子顕微鏡、蛍光顕微鏡などを駆使し、細胞を丁寧に観察するというアプローチで、植物の生命現象を次々と明らかにしている。

最近では、植物細胞の原形質が流動するメカニズムに迫る発見をした。原形質は毎秒最大0.1mmの速さで動いており、この原形質流動の現象は18世紀後半に見いだされた。20世紀半ばには、日本の神谷宣郎博士がアクチン繊維のレールの上をモータータンパク質のミオシンが滑るという滑り説を唱え、広く受け入れられているが、詳しいメカニズムは不明だった。

この成果のきっかけとなったのは、上田晴子特定研究員が蛍光タンパク質でシロイナズナの小胞体を光らせ、小胞体が筋を作りながら流動している現象を見つけたこと。そして、小胞体の流動速度の分布をコンピューターで解析、一方で、遺伝子操作によってミオシン遺伝子を欠損させた細胞の中では小胞体も動かなくなり、アクチンのレールも正常に作られていないことを確かめた。「細胞の中でネットワークを張り巡らせている小胞体にミオシンが結合して、小胞体を荷物のように持ってアクチンの上を滑りながら、アクチンの方向を整えており、小胞体がアクチン上を通ることでレールが揃って太くなっているようだ」と西村教授。

今年初めには、嶋田知生講師らがシロイナズナの細胞の観察から、気孔の密度を増加させる物質を発見している(図参照)。この物質は45個のアミノ酸が連なったペプチドで、気孔(stoma)と発生(genesis)を組み合わせて「ストマジェン」と名付けられた。これは気孔を増やすタンパク質・遺伝子として同定された初めてのケースとなった。

もともと小胞体で合成された後に細胞から分泌され、ほかの細胞にホルモンのように働く物質を探している中で見つかったもので、ストマジェン遺伝子を過剰発現させると気孔が増え、発現を抑えると減り、また発芽したばかりの葉をストマジェン溶液に浸けると溶液の濃度に比例して気孔が増えることがわかった。

さらに、ストマジェンは、表皮細胞が気孔に変化するのを抑制するEPF(epidermal patterning factor)の受容体様膜タンパクTMM(too many mouth)を同じように受容体として使っており、EPFと拮抗してTMMに結合することで気孔の形成を精緻に制御している可能性も見えてきた。西村教授は、「気孔の数が多いとガス交換が盛んになり、大気中のCO2 をより多く吸うために、光合成の増加による収穫量の向上やCO2 削減に役立つかもしれない」と話す。

昨年には、菌に感染した細胞では、液胞膜と細胞膜が融合し、液胞内の抗菌物質やタンパク質分解酵素を外に出して、細胞自らが死ぬとともに個体を守るという現象を報告している。

西村教授は、学生時代、生化学教室の指導教授からカボチャの種の液胞のタンパク質研究というテーマを与えられたことを契機に、細胞内の膜構造物の働きの研究を続けてきた。「これからも植物が、菌などの外敵や光などの環境に対応して、細胞の液胞や小胞体を駆使して生きている様を調べていきたい」と抱負を語っている。

小島あゆみ サイエンスライター

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