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脱ユビキチン酵素遺伝子の一つが、 ユビキチン産生そのものを抑制することで、DNAの損傷応答を制御していた!

2010年10月14日

慶応大学医学部
中田慎一郎 特別研究講師

上の正常な細胞では、核(青)内のDNA損傷部位ではユビキチン鎖(緑)が産生される。一方、下の「活性中心を破壊したOTUB1」を過剰発現した細胞では、ユビキチン鎖の産生が阻害される。 | 拡大する

自己複製しつづけるDNAには、日常的に、塩基の置換、削除、付加といったエラーが生じている。細胞内には、このような傷ついたDNAを診断・修復するための機構があり、たとえばDNAの二本鎖が損傷した際には「ユビキチン」という小さなタンパク質の鎖が「傷ついたことの目印」として使われていることが知られてきた。このほど、慶応大学医学部の中田慎一郎 特別研究講師らは、ユビキチンの鎖を切り離す「脱ユビキチン酵素遺伝子」として知られていたある遺伝子に、ユビキチン鎖の合成そのものを抑制する機能もあることを突き止め、この遺伝子がDNA二本鎖損傷応答の制御に関与していることを明らかにした。

DNAに損傷が生じた場合、細胞は分裂、DNA複製、転写などの生命活動を停止し、DNAの損傷の程度を診断する。そのうえで、修復可能な場合には修復機構を発動させ、修復不可能な場合には細胞死を誘導する。すでに、こうしたDNAの損傷応答に関与する遺伝子が複数同定されており、発がん機構との関わりから世界中で研究が進められている。

ユビキチン鎖は「不要になったタンパク質」の目印として付加され、ユビキチン鎖のついたタンパク質はプロテアソームにとらえられて速やかに分解されることが知られてきた。この機能では、ユビキチン内の「48番目のリジン」が鍵となる。ところが最近になって、「63番目のリジン」を鍵にして、タンパク質分解ではない「DNA損傷などのシグナル伝達を担う機能」もあることがわかってきた。

後者の機能を果たすユビキチンは、傷ついたDNAの周辺でのみ、DNAを束ねるヒストン(H2A)というタンパク質に「タグ」のように付加される。すると、DNA損傷応答に関連するタンパクが、このユビキチンのタグを目印にしてDNA損傷部位に集結し、細胞周期の進行を止めたうえでDNAの修復を行う。「裏を返すと、DNA損傷が修復された後でユビキチン鎖の形成が続けば、細胞はDNA損傷が続いていると誤認し、正常な生命活動が妨げられてしまうことになります。正常な細胞ではこのようなことはおきないのですが、DNA損傷がない場合に、細胞がどのようにしてユビキチン鎖の形成を抑制しているのかが謎のままでした」と中田特別研究講師。

小児科医である中田特別研究講師は、重症複合型免疫不全症や放射線・紫外線高感受性疾患などのDNA損傷応答の異常が原因となる小児疾患を対象に研究をはじめた。「その後、ポスドク研究を行ったトロントのDr. Daniel Durocherの研究室で分子レベルでのDNA損傷応答の研究を始め、帰国後も、H2Aのユビキチン化を抑制する機構の解明をつづけることになったのです」。

当初、中田特別研究講師は「DNA損傷が修復された後、ユビキチン化されたヒストンから脱ユビキチン化酵素によってユビキチン鎖が取り除かれるのではないか」と予想した。そのうえで、骨肉腫由来の培養細胞(U2OS)を使って、既存の脱ユビキチン化酵素遺伝子のなかで、その発現を抑制するとユビキチン化が維持されつづけるようになるものがないかどうかを調べた。「その結果、早い段階でOTUB1という遺伝子がみつかりました。その機能解析を進めたところ、OTUB1をノックダウンするとDNA損傷依存性のユビキチン化が長く続くこと、逆に過剰発現させるとDNA損傷依存性のユビキチン化は強く抑制されることが明らかになりました」と中田特別研究講師。

ただし、OTUB1遺伝子がH2Aのユビキチン化を抑制するメカニズムは、ある意味で予想を裏切るものだった。脱ユビキチン化とは、その名のとおり「タンパク質からユビキチン鎖をはずすこと」であるが、OTUB1タンパク質にはH2Aを脱ユビキチン化する活性はなかったのである。「実験では、OTUB1タンパク質の脱ユビキチン作用の活性中心を破壊してもユビキチン化が抑制されるなど、当初の仮説と矛盾した結果となりました。一連の実験結果は、OTUB1タンパク質がユビキチン鎖の産生そのものを抑制していることを示唆していました」と中田特別研究講師。

最終的な結論は、産業総合研究所の夏目徹博士と共同で行った解析によってもたらされた。免疫沈降法と精密な質量分析によって、OTUB1タンパク質が、ユビキチンと「ユビキチン伸長に必要な酵素(E2ユビキチン結合酵素)」の両者と結合することで、伸長反応を阻害していることが明らかになったのである。「今後は、H2A以外にDNA損傷時にポリユビキチン化される基質や、63番目以外のリジンが鍵となるユビキチン鎖の探索などを進め、DNA損傷応答に関わる疾患の治療法開発につながる研究を続けていきたい」と話す中田特別研究講師。人員や研究費が十分とはいえない現状にあって、アイディア勝負でがんばりたいと、意欲を燃やす。

西村尚子 サイエンスライター

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