Nature Careers 特集記事

きちんとリスクを取る

2010年9月23日

Abraham Loeb
ハーバード大学理論・計算研究所所長

Nature 467, 358 (2010) doi:10.1038/nj7313-358a

マイナス面もあろうが、多くの若手科学者がリスクの高い研究にもう少し着目すべき、とAbraham Loeb氏は言う。

今の若手天体物理学者は保守的だ。すでに広く展開されている主流のアイデアに時間を費やしている。これは憂慮すべきことである。もっと良い研究者への道があるはずだ。
同僚からの心理的圧力や労働市場の見通しから、無難に事を進めようという傾向が加速している(ときには先輩の研究者の働きかけもある)。過去数十年の間にも同じような現象が見られたが、今のほうが広く蔓延している。それは科学者がますます大勢のグループでプロジェクトを推進するケースが増えており、スケジュールも厳しく、融通の利かない研究課題に取り組みつつ、予測可能な目標を追求しているからである。宇宙の多くが依然として謎に包まれていることを考えると、こうして科学が守りに入っていく傾向には特に不安を感じる。しかも、これは天体物理学に限ったことではない。さまざまな分野の科学者が心理的圧力から有力な定説を支持してしまうのだ。

若手研究者は特にこうした傾向に逆らい、革新的な研究を推し進めるべきである。職業上、チャンスの扉が開いている時間は短い。テニュア(終身在職)科学者にはより高いリスクを取ることが許されているものの、最年長の研究者は管理業務や資金調達などの仕事に時間を取られている。テニュア教授は旧来の考え方を推進する保守的な統計データを堅持していることが多い。将来の天体物理学をはじめとするさまざまな分野が繁栄するためには、われわれのような資金拠出機関の後押しで考え方を改めていくことが極めて重要であり、適度なリスクを取ることが若手科学者のためにもなる。

天体物理学の研究テーマには、安全なものとリスキーなものとがある。私はこれらを「社債」(低リスク)、「株式」(中リスク)、「ベンチャーキャピタル(VC)」(高リスク)の3つに分けて考えるようにしている。駆け出しの研究者にとってベストなやり方は、自分の研究活動を多角化して、リスキーだが大きな見返りが期待できる創造的なプロジェクトに常に一定のエネルギーを注げるようにしておくことだろう。

天体物理学のポスドクが研究時間を振り分ける場合、80%を社債に、15%を株式に、そして5%をVCに、といったところが平均的な戦略となるだろうか。だが私は、個々の状況を踏まえた上で、50%を社債に、30%を株式に、そして20%をVCに振り分けることをお薦めしたい。もちろん、研究時間の100%を要求するリスキーなプロジェクトもあるだろう。
ただ、リスクを引き受けるからには、挫折も当然ありうる。VCへの金銭的な投資の大部分が損失に終わるように、リスキーなプロジェクトの大半は失敗し、時間の無駄となる。またリスキーなプロジェクトは孤独を招きよせる。仮に真理を発見したとしても、あなた以外のコミュニティメンバーは黙殺するだろう。こうした孤独は、既に存在する承認済みのテーマを扱う場合に与えられる潤沢な支援とは真逆である。

個々人がどのレベルのリスクを選択するかは、個人的な意向と社会的な要因の両方によって決まる。利益を生むにはタイミングも重要である。どんなタイミングで、社債、株式、VCのいずれに投資すべきか? これは研究分野の状況によって変わる。

ただ、VCのような高リスクの研究は、他の投資よりも利益が大きい場合がある。もし100万の非主流のアイデアのうち、たった1つでも実をつければ、それは我々のリアリティを書き換え、努力は十分に報われることになる。研究に対するエネルギーをバランスよく振り分けてさえいれば、高リスクの研究が若い研究者を破滅させることはないだろう。

「天体物理学研究投資の軌跡」を見ると、過去のアイデアの軌跡がよく分かる。まずはベンチャーキャピタルからスタートし、やがて株式会社になり、さらに優れたデータや理論的洞察を蓄えて、最終的には成長して社債を発行するまでになる。例えば、ビッグバン(大爆発)や宇宙マイクロ波背景、暗黒物質などがそうだ。こうした過激な概念はどれも実験上のデータを集めることによって受け入れられた。

つまりはこういうことだ。科学のいかなる分野であれ、審査委員会や補助金交付機関は、創造的なアイデアに報いるための新しい方法を考えるべきである。例えば資金拠出機関は、リスキーだが高い利益が期待できる非主流的なプロジェクトに対して、ある一定の割合で予算を振り分けることができるはずだ。新しいアイデアを後押しする戦略を採用すれば、誰もが恩恵を受けられる。他人のあまり通わぬ道を行く人たちよ、勇気を持て! つまるところ、こうした道を行くほかに、科学をやる意味などあるだろうか。

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