極小ペプチドを作る遺伝子に、発生制御機能があることを発見!
2010年9月9日
基礎生物学研究所 岡崎統合バイオサイエンスセンター
影山 裕二 特任助教

ヒトゲノム計画完了後の研究により、ゲノムには、RNA には転写されるもののタンパク質をコードしない領域が多く存在することが明らかになった。このような領域から転写されたRNAは「non-coding RNA(ncRNA)」とよばれ、遺伝子発現の調節機構の一端を担っていることがわかってきている。一方で、このようなncRNAうちの少なくとも数千個は、ごく短いペプチド(マイクロペプチド)をコードしている可能性があるのではないかとの指摘もなされている。このような背景の下、基礎生物学研究所 岡崎統合バイオサイエンスセンターの影山裕二 特任助教は、マイクロペプチドをコードする遺伝子(ペプチド遺伝子)に、分化や成長に関与する重要な機能があることを突き止めた。
ペプチド遺伝子の存在の可能性が指摘されはじめたのは1996年ごろのことだが、実際に存在するのか、存在するとしたらどのような機能をもつのか、といった点についてはほとんどわかっていなかった。ncRNAの機能解析を進めていた影山特任助教は、2007年に、ショウジョウバエがもつpolished rice遺伝子(pri)がわずか11のアミノ酸からなるマイクロペプチドをコードすること、priがショウジョウバエの胚発生期において、幼虫表皮の細胞突起形成に何らかの重要な役割を果たすことを明らかにした。
「今回は、さらに詳細な解析を進め、priの機能を分子レベルで明らかにすることができた」と影山特任助教。まず、ショウジョウバエのpri変異体において、さまざまな遺伝子の発現が著しく低下していることを発現解析で明らかにした。つづいて、培養細胞を使って、これらの発現が低下している遺伝子を制御することが知られている転写因子(Shavenbaby:SVB)というタンパク質の動態を調べてみた。その結果、SVBタンパク質 は、PRIペプチドがないときには転写を抑制する因子としてはたらき、PRIペプチドがあるときには活性化する因子としてはたらくことがわかったという。さらに、PRIペプチドが存在すると、SVBタンパク質中の「転写を抑制するために必要な部位」が取り除かれ、その結果として転写活性を促進するようになることも突き止めた。
「一連の結果から、PRIペプチドは、本来は転写抑制因子であるSVBタンパク質にはたらきかけて特定の部位を切断し、転写活性化因子への転換を引き起こしていると推定できる」と影山特任助教。転写因子であるSVBタンパク質は、幼虫表皮の細胞突起形成に関わる遺伝子のオンとオフを制御する機能をもつが、PRIペプチドは、そのSVBタンパク質のスイッチとしての機能を果たしていることになる。
影山特任助教は、ヒトやマウスなどのほ乳類のncRNAにはpriに似た遺伝子はみつからなかったとしているが、「ヒトやマウスにもペプチド遺伝子は存在し、多くの遺伝子がマイクロペプチドに制御されているのではないかと思う。ごく小さなペプチドだが、ドラマチックな生命現象に重要な機能を発揮しているといえるだろう」とコメントする。
ペプチド分子の可能性を大きく広げた、今回の成果。ヒトでも同様のマイクロペプチドがみつかれば、そのまま薬として利用するペプチド創薬に直結する可能性もある。「今回はPRIペプチドを生体内から取り出せなかった。当面の課題は、なんとかして生体内から検出すること。そのうえで、PRIペプチドの生化学的活性の解明を進めたい。私たちの研究によって、マイクロペプチドのもつ可能性を大いにアピールできるとよいと考えている」。そう話す影山特任助教の研究は、今日もつづく。
西村尚子 サイエンスライター