科学者という職業を見つめ直す
2010年8月19日
Peter Fiske
PAX Water Technologies社 最高技術責任者
Nature 466, 893 (11 August 2010) | doi:10.1038/nj7308-893a
時間を見つけて新たな研究領域を開拓することも、科学や科学者にとってはメリットがある、とPeter Fiskeは言う。
最近開かれた会議で、私は友人とばったり出会った。有望な若手で、米国の有名研究大学で教授をしており、多くの若手科学者が欲しがっているもの、つまりテニュア(終身在職権)、研究グループ、そして学問での成功を示すあらゆる象徴を数多く手にしていた。だが、彼女は大学を辞めるつもりで、ネットワークづくりの会議に出ているのだと打ち明けてくれた。
友人が新たなチャレンジにあこがれたり、自分が所属する職業環境に対する幻想が壊れたりするのは、いつものことである。プロとして成功した多くの人が、ある時期になると新たなチャレンジや機会を求めて自分を見つめ直すものである。プロとして満足できないのは研究に熱心に打ち込んでいないからではなく、それどころか、知的好奇心や健全な創造力が満たされていない証拠である場合が多い。
もし他の科学的領域を調べるチャンスがなければ、科学者は完全に自分のキャリアに閉じ込もったまま何年も過ごすことになる。これは極めて生産的である。少なくとも当面は。しかし、新たな領域を開拓したり熟考したり、あるいは単にリラックスしたりする機会がなければ、科学研究といった創造的な活動に従事している人は、知力や創造力が停滞する、すなわちバーンアウト(燃え尽き症候群)に陥るリスクを抱えているのである。
皮肉なことに、科学的評価指標に関するNature 誌の最近の調査で説明した通り、大学の運営管理者や学部長は、多くの科学者が評価しているほど「出版ベースの」数的評価指標を高く評価していない(Nature 465, 860–862; 2010を参照)。雇用を決めるときには、現場の同僚からの推薦状がかなりの比重を占める。熱烈な推薦状を書いてもらえるような関係を築くには、ただ勤勉なだけでは不十分だ。科学者には自分の研究室から出て、他の研究所に出向いて同業の科学者たちを知ることも求められる。違う研究所で時間を過ごすのが(非公式で計画していない時間を含め)、他の専門分野のアイデアに出会い、自分の思考を刺激する一番のやり方だ。さらには、科学をどこでやるかで、自分の全体的な科学的生産性にも大きな影響が出てくる。他の研究所を訪問するだけでも異なる職場体験ができ、おそらく自分が最も幸せで生産性も上がるような場所に導いてくれるはずである。
定期的に新たな研究領域を開拓することで脳が活性化され、科学的な生産性も高まる、という十分なエビデンスもある。部外者の見方で新たな専門分野にアプローチすると、ある分野で使うツールを別の問題にも使えるようになる。ベッセマー製鋼法の発明者であるHenry Bessemer氏は、鉄の精錬以外の分野の出身であることが(同氏は発明家であり、金属のエンボス加工の専門家)、他者に大きく勝つ利点になったと言う。「固定観念は持っていませんでした。従来からのやり方から出てくる考えが自分の頭の中を支配し、それで偏った考え方をしてしまうのです。何であれ正しいのだという一般的な信念に悩まされることもありませんでした」と同氏は話している。
創造力が刺激された状態を維持したければ、科学者は定期的に研究という単調な仕事から無理やり離れなければならない。科学の文化や官僚機構もそれを後押しすべきであろう。
Peter Fiskeは『Put Your Science to WORK』(American Geophysical Union、2001年)の著者。