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日本人ゲノムの多型に関するハプロタイプを高精度で決定!

2010年8月12日

九州大学大学院 農学研究院
林 健志 特任教授

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ヒトゲノム計画の完了から7年が過ぎ、的を絞った、より詳細な解析が進められている。たとえば、国際HapMapプロジェクトもその一つ。同プロジェクトは日・米・英・中など6か国の共同作業で進められ、アフリカ、日本、中国、アメリカの各住民から採取された血液試料を使ってSNPs(一塩基多型)やCNV(コピー数多型)が詳細に調べられた。その結果、糖尿病や冠動脈疾患などの疾患との関連が示唆されるCNVが100以上も発見されるなど、多くの成果がもたらされた。ただし、アジア人のデータについては、ある理由により、ほかの集団にくらべて精度が落ちるという問題が残された。このほど、九州大学大学院 農学研究院の林 健志 特任教授らは、日本人ゲノムのSNPsとCNVに関する詳細な解析を行い、単一の染色体上での多型の並び方(ハプロタイプ)を決めることに成功した。

私たちは、両親からゲノムを1セットずつ、計2セットを受け継いでいる。それぞれのセットでは、30億もの塩基対が23種の染色体に分かれ(細胞分裂時)、染色体ごとに1本のDNAとしてつながっている。誰のDNAでも塩基配列はほぼ同じだが、ごくわずかの部分だけが異なっている。このような、個人ごとのちがいを「多型」といい、SNPsはある特定の一塩基がほかのものに置き換わっている多型を、CNVはある程度の長さの塩基対が欠失したり重複したりする多型を指す。

多型の配列や位置を決定する場合、2セットあるゲノムを合わせて試料とすると、検出された多型がどちらのセットに由来するものかがわからなくなってしまう。国際HapMapプロジェクトで使われた試料は2セットのゲノムからなる(2倍体という)血液由来のものだったが、アジア人以外の集団については、両親とその子供の3人を一組とした試料だったため、ハプロタイプは遺伝学的な手法によってほぼ正確に推定された。しかし、アジア人については、ランダムに収集された試料が使われたために、精度の高いハプロタイプの推定には至らならなかった。

今回、林特任教授らは、ゲノムを1セットしかもっていない(倍化半数体という)胞状奇胎を試料とすることで、日本人ゲノムのSNPとCNVに関する詳細な解析を行い、ハプロタイプを高精度で決定しようと試みた。林特任教授は「胞状奇胎の多くは、精子由来の1つのゲノムしかもっていない。私たちは、確かに半数体であることを確かめたうえで、85組分のゲノムについて、マイクロアレイを使って網羅的に解析した」とする一方で、「今回の解析では、CNV解析で微弱な蛍光シグナルの変化をとらえなくてはならない点や、半数体のDNAアレイ解析には既存のアルゴリズムをそのまま利用することができなかった点で苦労した」ともコメントする。

一連の解析の結果、1ゲノムあたり86万箇所のSNPと約80箇所のCNVに関するハプロタイプを高精度で決定することに成功。また、CNVが親から子へと受け継がれる途中で、その両端が変化しやすい、つまり、両端で塩基が付加されたり削られたりしやすいことなども突き止めた。こうした成果は、疾患がどのようなSNPやCNVによって引き起こされるのかを網羅的に調べる「疾患のGWAS(ゲノムワイド関連解析)」、日本人のルーツや多様性を調べる人類学的研究の重要な基盤情報になると期待される。

アレイ技術の向上に加え、超高速で安く塩基配列を解読できる次世代シークエンサーも汎用されるようになってきている。近い将来、全ての人のゲノムを読んでSNPやCNVを調べ、そのデータをそれぞれの人の健康管理や病気の治療に役立てる時代がやってくると思われる。林特任教授は「今後も、大量のDNA配列データを技術的、あるいは倫理的にどう取り扱うべきかを検討し、将来のゲノム情報基盤の確立に寄与したい」との意欲をみせている。

西村尚子 サイエンスライター

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