光によって室温で金属から半導体に相転移する金属酸化物を発見
2010年6月24日
東京大学大学院理学系研究科化学専攻
大越 慎一 教授

金属酸化物の酸化チタンはこれまで長く研究されており、生活に身近な物質となっている。例えば、TiO2
(Ti4+
)は白色の塗料やおしろい、光触媒、光超親水性膜や色素増感太陽電池の材料として、また、Ti2
O3
(Ti3+
)は黒色のトナーなどに使われている。
東京大学大学院理学系研究科化学専攻の大越慎一教授らは、この酸化チタンの一種Ti3
O5
をナノ粒子化することで、新奇物質λ-Ti3
O5
(ラムダ型五酸化三チタン)の作製に成功した。
λ-Ti3
O5
は金属的な性質を持ち、室温で光を当てると半導体的な性質を持つ既存物質β-Ti3
O5
(ベータ型五酸化三チタン)に相転移する。そして、さらに光を当てると逆の相転移を起こす。光で金属-半導体転移が誘起される金属酸化物としては世界で初めての発見で、次世代の光記録材料として、大きな注目を浴びている。この研究はNEDO(独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構)の循環社会構築型光触媒産業創成プロジェクト (総括:同大学院工学系研究科応用化学専攻・橋本和仁教授)の一環として行われたものだ。
ターゲットとしたTi3
O5
は、通常、TiO2
とTiを、あるいはTi2
O3
とTiO2
を1600℃で焼成することで得られるが、大越教授は逆ミセル法とゾル-ゲル法の組み合わせによってナノ粒子化することで、新奇の物性をねらった。
逆ミセル法は界面活性剤を用いて、親水基を内側に持つ逆ミセルのナノ粒子を生成する方法であり、ゾル-ゲル法は溶液の化学反応によってシリカを前駆体の微粒子にコーティングしてセラミックスやガラスを作るのに使われる方法で、どちらも一般的な合成法だ。ただ、「逆ミセル法とゾル-ゲル法を組み合わせて酸化物をつくることはほとんどない」と大越教授。
この組み合わせを採用したのは、2004年に酸化鉄の新奇物質の合成に成功した経験があったから。このとき合成した酸化鉄磁性体ε-Fe2
O3
(イプシロン型酸化鉄)は金属酸化物最大の保磁力を持つのが特徴で、磁気媒体材料としての応用研究が始まっている。また、アルミニウムを一部置換したものはミリ波吸収材料として、次世代高速無線通信で懸念される電波干渉や健康被害の防止にも役立つと考えられている。
なお、λ-Ti3
O5
の合成は、その後の研究で、市販の粒径7 nmのTiO2
を利用して、オクタンを使う逆ミセル法を省略し、油を用いずに、より環境にやさしく簡便にできるようになった。
Ti3
O5
は室温では反磁性のβ型であり、460K(約190℃)に熱すると金属的な常磁性を持つα型に変わるが、大越教授らがこの新奇のλ型を詳しく調べると、温度に関わらず、金属的な常磁性が保たれていることがわかった。「5~25 nm(1 nmは10億分の1 m)にナノ粒子化したことで表面積が広くなり、光エネルギーの影響が大きく出ることで相転移が起こる」と大越教授。また、結晶構造を見ると、Ti原子のひとつが2つの酸素原子の間を動くことによって電荷が移動しやすい構造が発生し、金属的性質を生み出していることが明らかになった。
λ-Ti3
O5
の金属-半導体転移は、ブルーレイディスクに使われている青色レーザー光のほか、紫外線や近赤外光などでも可能で、6 nsec(10億分の6秒)の短い光照射によって、粒径11 nmのλ-Ti3
O5
であればブルーレイディスクの約300倍、5 nmであれば約1400倍の書き込みができると推定される。
現在、DVDやブルーレイディスクに用いられているカルコゲン化合物(GeSbTe:ゲルマニウム・アンチモン・テルル)のような合金は希少元素を含むため、材料の価格が高く、しかも酸化を避けてドライプロセスでチャンバー内で合成する必要がある一方、λ-Ti3
O5
なら、ウェットプロセスで低コストで作ることができる。また、ナノクリスタルとして薄膜化も可能で、バーコードのような印刷などへの応用も考えられる。今後は熱や圧力、磁気によって相転移させる研究を進める予定だ。
「合成法を新しくしないとおもしろい物質は出て来ない。狙いを定めた物質について考え抜くのが好き」という大越教授は、すでに多くの金属酸化物や金属錯体を発見している。「これからも希少元素を含めた、さまざまな材料から新奇物質を発見し、理学的な知見を得ると同時に、チタンやアルミニウム、鉄といった、ありふれた元素で安全で安価な社会に役立つ物質を見出したい」と大越教授は抱負を語っている。
小島あゆみ サイエンスライター