えせ科学者?
2010年6月17日
Bryan Howie
Naturejobs Postdoc Journalキーパー
Nature 465, 831 (09 June 2010) | doi:10.1038/nj7299-831b
ノートパソコンで実験をするといくつもの職業への道が開かれる、とBryan Howie氏は言う。

私は多くの人が科学者を想像するときに思い浮かべるような人間ではないのもしれない。白衣など身に着けていないし、薬品を調合することも測定することもない。ましてや仮説を立てたり実験をしたりすることもない。ツールを開発しているのである。
とりわけ私は他の科学者が作業をするときに使うコンピュータプログラムを記述しているが、とっておきのプログラムは、疾病リスクに影響を及ぼす遺伝子の発見に役立つもの。これは決してコンピュータプログラミングの練習などではない。同僚と一緒に、統計学や集団遺伝学の豊富な経験を生かして、遺伝子が何世代にもわたってどう受け継がれていくのかを示すモデル作りをしているのである。これらのモデルを慎重に適用してみると、既存のデータセットの価値を高め、発見のプロセスにも加速をつけられることが分かった。
大学時代に工学部にいた経験があるためか、私は科学的なツールを作るのが好きだが、学術研究職に応募する準備をしていると、こうした職種に留まることに少々不安も感じている。全体的に、著名なジャーナル誌はメソッドよりもデータを重視する傾向があり、いくら素晴らしいアルゴリズムを新たに開発しても、興味深いデータセットの助けがなければ発表するのは難しい。仮に発表できたとしても、原著者を誰にするかという議論が持ち上がる場合がある。そもそも優れたツールを開発するには、最先端のデータにアクセスすることが不可欠だ。見たこともないデータのモデルを開発するのは難しいからだ。「ウェット」研究室と「ドライ」研究室が連携すれば、こうした懸念は和らぎ、相互にメリットを得ることも可能だが、とくにツール作りをしているのが若者の場合には、なかなかこのような関係を築くことはできない。
また、優れたソフトウェアツールを開発し、維持するには膨大な時間もかかる。統計値を実際に機能するコンピュータプログラムに変換するのは簡単だが、難しいのは、想定外の入力、変則的なデータセットや特殊な拡張機能をすべて明確にしつつ、プログラムを高速で使いやすいものにすることだ。何時間も費やしているのに「科学をしている」という実感がないので、こうしたありふれた雑務にはイライラする。こういう時間は、むしろ新しいアイデアを生み出したり、分析をしたり論文を書いたりすることに費やしたほうがよい。広く利用されているソフトウェアツールは科学の分野に大いに貢献しているというのに、発表までに時間がかかると研究職に就くチャンスまで失われてしまうのではないかと思う。
とはいえ、私は自分の役割を楽しんでいる。1つの問題に縛られているというよりも、一度に多くの研究プロジェクトに貢献しているからだ。私が人類遺伝学者だと分かると、ほとんどの人は何の疾患に取り組んでいるのかと聞いてくるが、そういうときには喜んで「ほとんどの疾患だ」と答えている。私のツールボックスは全部ノートパソコンに入れてある。土曜日に培養細胞の世話をしたり、蛍光灯に照らされたPCR(ポリメラーゼ連鎖反応)分析マシンの周りをうろうろしたりするのではなく、コーヒーが一番美味しい時間に陽光を浴びながら仕事をすることができるのだ。
ツール作りをしている人間は科学の分野で重要な役割を果たしているし、技術が進歩してデータセットがより大きく複雑になってきて初めてその重要性も高まってくるのだが、本当にツール作りは研究職への確かな道なのだろうか、と私は今でも疑問に思うことがある。
Bryan Howieはイリノイ州シカゴ大学人類遺伝学部のポスドク研究員